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【邦画】『あなたの番です 劇場版』ネタバレ感想レビュー--パラレルワールド設定を壊さないために登場人物たちが壊されていく狂気に満ち溢れた世界

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監督:佐久間紀佳/脚本:福原充則/原案:秋元康
配給:東宝/上映時間:142分/公開:2021年12月10日
出演:原田知世、田中圭、西野七瀬、横浜流星、浅香航大、奈緒、山田真歩、門脇麦、竹中直人、木村多江、生瀬勝久

 

注意:文中で劇場版とTVドラマ版のラストに触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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TVドラマの劇場版には、構造上どうしても生じる問題がある。通常はTVドラマの最終回の続きを描くのが主なので、すでに物語が終了した段階から話を始めなければいけないのだ。抱えていた問題は解決し、人間関係の構築が行われ、過去は清算された状態で、改めて物語を作るのは至難の業である。ここで『あなたの番です 劇場版』は、新たな手法を取り入れていた。

※ 今回の文章は、役名ではなく役者名で統一します。そっちのほうがイメージしやすいのと、単にめんどくさいので。

TVドラマ『あなたの番です』第1話は、田中圭原田知世の夫婦(一応)が新居のマンションに引っ越してくるところから始まる。ちょうどその日に行われたマンション住民会議に原田知世が出席し、そこで連続殺人事件のきっかけが産まれる。劇場版では、この冒頭部分を原田知世ではなく田中圭が出席すると変更し、そのため連続殺人事件は起きなかった、というパラレルワールドにしているのである(他の出席者も一部違うのは引っかかるけど、おそらく役者のスケジュールの問題)。

一度は終了した物語を冒頭まで戻して、別の話にしてしまうことで、劇場版における「全て解決した段階から話が始まる」問題を解決している。確かに良いアイデアだが、これはこれで別の問題が生じている。話を第1話冒頭まで戻したところで、それより前からの登場人物の設定はそのままだ。TVドラマでは、放送回を重ねるごとに徐々に明らかにされる登場人物の"裏の顔"がいくつもある。この"裏の顔"を、ドラマ視聴済の観客は既に知っているが劇中人物は知らないというややこしい状況から始まるのが、劇場版である。

引っ越しから2年後、田中圭と原田知世が豪華客船の上で結婚パーティーを行い、マンション住人たちが招待される。その住人の中には過去に何度も殺人を犯している人物がいるし、その人物に家族を殺された人物もこっそり乗船している。ドラマ視聴済の観客はそのことを知っているが、劇中人物はそのことを知らない。なかなか脚本が大変そうな初期設定である。

そこで、引っ越しから結婚パーティーまでに2年の期間を設けて、本筋と絡まない"裏の顔"はその間に全て解決したことにしている。たとえばドラマ版では原田知世の本当の夫だった野間口徹は、きちんと離婚していて、わだかまりは消えている。法的にも重大な問題を抱えていた木村多江の夫婦も、何をどうしたか知らないが解決済だ。そのほか、"裏の顔"を持っている安藤政信片岡孝子は、劇場版では一切登場しない。

劇場版のキーパーソンは西野七瀬で、彼女の過去(パラレルワールドより前の出来事)の因縁が引き金となって殺人事件が起こる。ここではTVドラマ版の仕組みを踏襲して、各々の殺人について実行者や動機が異なるために、事態をこんがらがせている。正直、多数の人間が絡み合いつつ死者が次々と現れる過程は、それなりに整理されていた。物語の骨格に限って言えば、意外と練られている。

西野七瀬は人殺しに快感を覚える猟奇殺人鬼だが、その件を観客は既に知っているので、改めて真犯人として扱うことはできない。別の犯人像を産み出すための何かしらのアイデアが必要だ。本作の前半では、ドラマ版のラストで明らかにされていた西野七瀬の出自が原因となる犯行と、過去の恨みから西野七瀬を殺したい新たな人物による犯行の2つが採用されていた。まあ、それはいい。

だが後半の殺人事件と、その犯人と動機が発覚したラストで、パラレルワールドによって生じる最大の問題が露呈していた。さすがに真犯人(映画の最後に明かされる犯人)を劇場版の新キャラにしてしまっては白けるだろう。かと言って、ドラマ版から連続して登場する人物たちは素性が明らかなので、袴田吉彦片桐仁などの人畜無害な人物に実は暗い過去があったと設定を新たに付与するのも、さすがに違和感を覚える。

そこで、パラレル発生以降の2年間に新たに動機となる出来事が発生している、という方法を取っている。それはいいのだが、ちょっとすごい話なので、ネタバレ全開で説明してみる。劇場版における"真犯人"は西野七瀬と付き合い始めるが、彼女の周りの人がよく不審死しているため、猟奇殺人鬼という本性に気づく。そして"真犯人"と別れた西野七瀬は、横浜流星と付き合うようになる。これが2年の間に起こった大雑把な出来事。

豪華客船の中で、"真犯人"は西野七瀬と再会する。西野七瀬は、過去の恋人らと同じように横浜流星も殺してしまいそうだが、彼のことは本気で好きなので殺したくない。なので、自分が彼を殺す前に自分を殺してくれと"真犯人"に頼む。その頼みを受けた"真犯人"は西野七瀬を殺し、船のマストに括りつける。なお、"真犯人"はその前に、西野七瀬のためにならないからと別にひとり殺している。

なんでマストに括りつけるんだよ、とか細かい点は置いておくにしても、"真犯人"の行動が常軌を逸している。TVドラマだと、清廉潔白ではないにせよ、どちらかといえば常識人の側だったのに。自分に惚れた男を狂わせて人を殺させたうえに自分すらも殺させる魔性の女、それが西野七瀬。パラレルワールド設定を守るために登場人物たちが都合よく壊されていく狂気に満ち溢れた映画、それが『劇場版 あなたの番です』。

本格ミステリというジャンルでは、意外な真相のために登場人物が機械的に行動させられることがままある。作り手の都合で登場人物が狂った行動を強いられる本作には、そこへのジャンル批評性が図らずも含まれていた。という結論にしたいところだが、でもこれ本格ミステリじゃないからな。いちいち挙げていたらキリが無いけど、偶然に頼り切ったご都合主義の雨あられなわけで、論理的にただひとつの真相が判明していく話ではない。とりあえず田中圭は、自宅本棚に並ぶ本格ミステリの名作をちゃんと読んでくれ。独りよがりの妄想だけで犯人を決めつけて暴走して事態を悪化させる"名探偵"なんて出てこないぞ。
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