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【邦画】『99.9 刑事専門弁護士 THE MOVIE』ネタバレ感想レビュー--ネット上の誹謗中傷やマスコミの執拗な取材攻撃を"自然災害"のように扱っていいのか

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監督:木村ひさし/脚本:三浦駿斗
配給:/上映時間:119分/公開:2021年12月30日
出演:松本潤、香川照之、杉咲花、片桐仁、マギー、馬場園梓、馬場徹、映美くらら、池田貴史、岸井ゆきの、西島秀俊、蒔田彩珠、榮倉奈々、木村文乃、青木崇高、高橋克実、石橋蓮司、奥田瑛二、笑福亭鶴瓶、岸部一徳、ベンガル、渋川清彦、R-指定

 

注意:文中で、直接的では無いですが終盤の展開に軽く触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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木村ひさし監督は、『TRICK』シリーズの助監督などの経歴があり、過去に関わった作品から判断するに堤幸彦監督の弟子筋と思われる。ドラマ『ATARU』映画『屍人荘の殺人』など、本筋とは無関係な小ネタや楽屋オチや役者のコミカルな動きやセリフなどを大量にテンポよく入れることで作品をきわめて虚構的な空間にする、堤幸彦イズムをほぼ完璧に受け継いだ作風が特徴だ。当の堤幸彦自身が、このイズムを見失っている現在、貴重な人材かもしれない。

※ ちなみに、クレジットでは「木村」と「ひさし」の間に謎のニコニコマークみたいなのを入れるときと入れないときがあるが、作品によって使い分けているのだろうか。謎だ。

ミステリとは、作者が「頭いいでしょ」と言わんばかりに綿密に練られたロジックを披露する際の装飾として人の死を利用する、きわめて不謹慎な娯楽である。堤幸彦が確立して木村ひさしが受け継いでいる「大量の小ネタによって作品を虚構的にする」という手法とミステリの映像作品とは親和性が高く、陰惨な事件の起こる物語を軽いタッチの大衆娯楽に変換できる。そんな『TRICK』チルドレンと括ってもいい数多の作品群のひとつが、『99.9 刑事専門弁護士』なのは間違いない。

では、劇場版のざっくりとしたあらすじ。斑目法律事務所に所属する深山大翔(演:松本潤)らが、弁護を担当する裁判中の殺人事件の現場検証をしているところから映画は始まる。事件当時の出来事を正確に再現することを至上命題とする深山は、その場にいたとされる目撃者の行動を忠実に再現し、実際には犯行現場の目撃が不可能であり証言は虚偽と見抜く。

20分もかからずにドラマ未見の観客にも『99.9』の物語構造や登場人物のキャラ設定を手際よく教えてくれたところで、本編がスタート。謎多き弁護士・南雲恭平(演:西島秀俊)のひとり娘でピアニストのエリ(演:牧田彩珠)が、国際コンクールで最優秀賞を取って話題となる。だが、エリは幼い頃に南雲が養子として引き取っていて、本当の父(演:渋川清彦)は15年前に大量殺人事件を起こした犯人として死刑執行されたと、週刊誌に暴かれる。

南雲親子の住む家にはマスコミが押し寄せ、ネット上では殺人犯の娘だと誹謗中傷が止まらない(幼かったエリには当時の記憶は無い)。その事件の担当弁護士でもあった南雲は、エリの父親は無罪だったと確信していたが、当時は有力な証拠が見つけられなかった。そこで、斑目法律事務所所長の佐田篤弘(演:香川照之)に15年前の事件を再審請求してほしいと依頼する。

そんなわけで、深山らは当時の事件現場である小さな集落のワイナリーに行き、祭の席でワインに毒物が混入されて複数の住民が死んだ事件を調査することになる。事件当日の模様を撮影したカメラの映像が残っていたので、15年前の事件を蒸し返されて露骨に煙たがる住人たちにも本人役をやらせて、カメラに写っている通りに状況を再現する。

しかしこれ、小さな集落の酒席で振る舞われたワインに毒物が混入されて複数人が死亡して、犯人として死刑判決を受けた男に冤罪の可能性が出ているって、どう考えても元ネタは実際に起きたあの事件でしょう。あんまり茶化しちゃいけないやつだと思うが。もちろん、たとえば『八つ墓村』とか、実際のヤバい事件を元ネタにしてるミステリなんて珍しくない。ただ、今回の元ネタは事実上は真相不明なのだ。フィクションとはいえ、現実の未解決事件(一応)に変な印象を与えてしまうような”事件の真相”をくっつけるのは危うい気もする。

さて、佐田の早合点もあって一度は間違った推理によってピンチになるも、深山によって"真犯人"とトリックが暴かれ、事件は一件落着となる。いや、一件落着と言うには、あまりに後味は悪いのだが。なお、ミステリとしての仕掛けは映像作品にしては一定のクオリティはあり、ここはトリック監修の蒔田光治の手腕だろう。まあ、わざわざ面倒な手間をかけて現場を再現しなくても、残されていたカメラの映像だけで推理できるとは思ったが。

最終的なオチだけではなく、実は全体的に陰鬱としていてやり切れない話なのだが、本編と無関係な小ネタの乱打によって虚構性で覆うことで嫌な感じを誤魔化している。堤幸彦イズムは、本人がそこから離れようとも、きちんと後輩に継承されているのだな。杉咲花の「笑い方が下手くそ」ってキャラ付けは、『TRICK』の仲間由紀恵のオマージュだったのかもしれない。

気になったのは、小ネタを出すのがレギュラーキャラに偏っておりパターンも少なく、クオリティが必ずしも高くないところか。今どき『ドラゴンボール』ネタを挿入しても感心されることなんかなく、そういう安パイなネタ選びは、一歩間違えれば福田雄一の仲間と思われてしまう危険もある。『TRICK』は、やってることはくだらないのに作品内の空気が張り詰めていたままに保っていたのが驚異的だったのだなと、改めて思う。

ただ本作、根本にひとつ大きな問題がある。「肉親が殺人事件の犯人だとされたため世間から誹謗中傷されている人を救う」という目的があって、そのために「その肉親の冤罪を証明する」という手段を取っているのだ。もしこの目的と手段の流れを正当化するなら、「本当に肉親が殺人事件の犯人なら、それだけで攻撃されても仕方ない」と認めなくてはいけない。この構造はダメだろう。冤罪であろうがなかろうが、事件加害者の家族(しかも本作の場合、事件当時は幼い子供だ)には一切の非は無いはずなのだから。

本作だけではないが、ネットでの個人に対する中傷やマスコミの執拗な取材攻撃を物語に登場させる場合、それ自体を悪とせず、自然災害みたいに「どうしようもなく存在し、被害を被る側が努力して回避するべきもの」として扱うのってどうなんだろう。現実がそうだからっていう主張は間違っていないのかもしれないが、バリバリのエンタメ大作でそういう描写をされると、現状の改善から遠ざかっていきそうだ。ネット中傷に関しては、対策のための法整備は着々と進んでいるのだけれど。
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