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【邦画】『コンフィデンスマンJP 英雄編』ネタバレ感想レビュー--昨今の没入感至上主義に対するアンチテーゼなのかもしれない

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監督:田中亮/脚本:古沢良太
配給:東宝/上映時間:127分/公開:2022年1月14日
出演:長澤まさみ、東出昌大、小手伸也、小日向文世、松重豊、瀬戸康史、城田優、生田絵梨花、広末涼子、角野卓造、江口洋介

 

注意:文中で終盤の展開に軽く触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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いつの間にやら、我々の住むこの世界は没入感至上主義となってしまったらしい。今や、映画の価値は没入感があるかどうかで決められてしまう。映画レビューにこの単語が目立つようになったのなんて、ここ最近のはずなのに、猫も杓子も没入感って言っておけばOKみたいな風潮だ。そんなに偉いのか、没入感。

没入感とはつまり、劇中の世界観に観客が入り込める度合いのことである。そんなの、「暗く閉じられた空間の中で身動きを制限されたまま一定の時間を拘束される」という映画館なる形態で上映される以上は、多少なりとも没入感が発生するのは当然である。没入感があるかどうかは評価の第一段階であり、万物に勝る尺度とするような代物ではない。

さて、商業的には大ヒットの部類となる『コンフィデンスマンJP』シリーズの最新作「英雄編」である。このシリーズこそが、世に蔓延る没入感至上主義へのアンチテーゼではないだろうか。とにかく、劇中の世界観に観客が入り込むのを全力で阻止してくる。別に、観客を騙すどんでん返しのパターンだから、というわけではない。どんでん返しパターンでも没入感の強い映画は、ごまんとあるし。

ここ最近では『スペシャルアクターズ』など、観客の視点となる主人公が騙されるパターンであれば、没入感は普通に得られる。観客は主人公と一緒になって驚くことができるのだから。逆に観客視点の人物が観客を騙すパターンは、観客の没入感そのものを否定することになってしまう。1作目「ロマンス編」は、その点に絡めて疑問を呈した。

だが、このシリーズは劇場版だけでも3作目である。どんでん返しがあるのは過去の傾向から自明なうえに、毎度の前口上で「目に見えるものが真実とは限らない」と丁寧に映画の見方を教えてくれる。観客は、常に一歩引いた視点で「このシーンは本当の出来事か、それとも誰かが誰かを騙しているのか」と考え続けなくてはいけない、そんな映画なのである。これでは、没入感など邪魔なだけだ。

上映中ずっと気を張り続けるのが大変ならば、いっそのこと登場人物と同様に騙されようじゃないかと思っても、そもそも誰が騙されているのか不明なのである。実はこれこそが、本シリーズの劇場版の最大の特徴だ。長澤まさみが騙す側なのは予想できるので、穏当に主人公の視点を選択できない。では誰の視点になればいいのか、それはさっぱり解らない。没入感を発動させようにも、その矛先を教えてくれないのだ。

まず本作、「ダー子編」「ボクちゃん編」などと、視点を切り替えて同じ時間軸を何度も繰り返す。この時点で、数多の登場人物の中から誰かしらの視点をひとつ選ぶのは不可能なのだ。さらには、観客のみへ向けた騙し(叙述トリックというべきか)も多い。例を挙げると、松重豊が屋台で酒に溺れるカットや女房に電話をするカットは、劇中の誰かを騙しているわけではなく、観客へのミスリードを促すためだけにある。登場人物と同じ気持ちになって寄り添おうとする観客を嘲笑うかのような悪魔の所業だ。

さらには、ややアンフェアな、実際には起きていない出来事を映像にする手法も行っている(松重豊の土下座など、実際には行われていないはず)。また、過去作と同様に、豪邸や町そのものが準備されたセットであるかもしれないし、あるいは華麗なアクションや涙を誘う愁嘆場が台本通りの演技である可能性だって少なくない。これが作り物だと常に疑い続ける以上、没入感によって得られる映画的な快楽は諦めざるを得ない。

かように、没入感を全力で阻止する『コンフィデンスマンJP』シリーズだが、それは一概に悪いことではない。スクリーンに映る全てを作り物だと疑い続ける行為は、映画の虚構性を意識させるのに充分である。ある意味では、映画というジャンルにおいて、もっとも正しい鑑賞方法であるかもしれない。没入感至上主義を否定し、虚構で固められた空間の行き着く先を追究している点では、濱口竜介監督と同じ志すら感じる。というのは、言い過ぎだろうか。
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