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【邦画】『科捜研の女 劇場版』感想レビュー--事件鑑定におけるリアリティへの異常なこだわりと、沢口靖子による非リアリティなラブコメ要素が合わさって、未曽有のミステリが誕生

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監督:剣崎涼介/脚本:櫻井武晴
配給:東映/上映時間:108分/公開:2021年9月3日
出演:沢口靖子、内藤剛志、佐々木蔵之介、若村麻由美、風間トオル、金田明夫、渡辺いっけい、小野武彦、戸田菜穂、斉藤暁、西田健、田中健、佐津川愛美、野村宏伸、山崎一、渡部秀、山本ひかる、石井一彰、長田成哉、奥田恵梨華、崎本大海、マギー、宮川一朗太、片岡礼子、阪田マサノブ、中村靖日、駒井蓮、水島麻理奈、伊東四朗、福山潤

 

注意:文中で中盤以降の内容に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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普段あまり映画館で観るタイプの作品ではないので、なんだか新鮮であった。いや、ヒットしたTVドラマの劇場版なんて腐るほどあるし、それなりの数を観ている自負はあるのだが、どうもそれらとは感触が違うのである。たとえば同じテレビ朝日の警察モノである『相棒』などと比べても、なんというか映画然としていない。それは一概に悪いことではなく、巨大なスクリーンでかかるがゆえの気負いの無さが、本作に関しては良い方向に転がったようだ。

『科捜研の女』は、京都府警の科学捜査研究所(科捜研)の研究員・榊マリコ(演:沢口靖子)を主人公とするテレビ朝日の刑事ドラマシリーズ。1999年から現在まで20シーズンが放送されている。安定した人気と知名度を誇るドラマシリーズの満を持しての劇場版であり、東映としてはシリーズ化して、『相棒』と並ぶ会社の屋台骨となってほしいのかもしれない。知らないけど。

申し訳ないが、ボク自身はドラマ版をきちんと観たことが無い。それでも「自分が勝手に想像している内容」が脳内に既に存在してしまっているのが長寿ドラマというものだが、今回の劇場版を観たところ、雰囲気に関しては割と想像通りであった。全体の空気感が2時間ドラマのそれなのである。てっきり『科捜研の女』も「土曜ワイド劇場」の枠から始まったと勘違いしていたくらい。(ちなみに、『相棒』は土ワイが最初)

まず本作、TVドラマの劇場版ならではのオープニングが、なかなか素晴らしい。特別出演の伊東四朗を触媒にして、オシャレな場所(どっかの屋上テラス)で英語の研究論文を読みふける沢口靖子を登場させ、変人研究者というキャラクター性を印象付ける。そして科捜研メンバーなど主要な登場人物を、テロップにて名前と役職を紹介しつつ、短い日常描写でキャラクターを簡潔に説明していく。ドラマのファンであればおなじみの人物たちが次々と出るだけで盛り上がるし、初見の客にとっては人物たちの簡潔な説明が非常に助かる。

そして、そのレギュラーの人物紹介の流れで「窓の外を見たらビルの屋上から落下する人間(しかも片岡礼子)と目が合う」というホラー演出を交えた事件が、突然起こるのである。単純なビックリ描写としてだけでも充分だし、それまでの日常描写から一転して緊張感が張り詰める事件の舞台に切り替わる演出も見事だ。通常、キャラ紹介が一段落して一拍置いてから事件が起こるのがありがちなだけに、ここは本当に感心した。

※ なお今回は、劇中で起こる事件の具体的な内容については触れません。ミステリ愛好家としての細々とした指摘が大量に発生し、非常に長い文章になってしまう恐れがあったためです。ミスリードで用意されたいかにも怪しげな人物たちが次から次へと登場する割に誰も処理されていないのは気になった、とだけは言っておきますが。

TVドラマを映画にする場合、物語のスケールを大きくするのが常である。警察モノであれば、強大なテロリスト組織が登場するなど、大風呂敷を広げるのが定番だ。『科捜研の女』なら、京都のあちこちで爆弾が爆発する話にしたっていいのである。だが本作は、大きくするスケールの方向性が、非常に独特であった。

監督や脚本家のインタビューなどでも触れられているが、今回の劇場版では、科捜研が行う鑑定作業の描写に妙に力を入れているのである。実際のところ試験管を回したりコンピューター画面を睨んだりしているだけなので、画としてのインパクトには欠けるのだが、地味であるがゆえの説得力がある。そして、観客への解りやすさを放棄した専門用語の数々。門外漢にはどれほどリアルな描写なのか判断できないが、「なんかリアルっぽい」という強烈な印象が、作品を強固なものにしている。

驚いたのが、被害者の衣服に付着した液体に含まれる成分のごく一部が解析できず、捜査鑑定に行き詰ったところで最終手段として出てきたのが、兵庫県に実在する大型放射光施設「SPring-8」なのである。ボクは和歌山毒物カレー事件で使用された際に知ったが、一般的にどれだけの知名度があるのだろうか。割と開放的な施設なので、映画の撮影許可は簡単に取れるのかもしれない(2008年『神様のパズル』でもロケに使用されたらしい)。だが、ここで実在の「SPring-8」を出してしまうところに、本作のある種の異常性がある。

だって、こんなの「何かの偶然で成分が判明した」で構わないのだ。本筋とは無関係に思えたエピソードが実は事件解決のヒントだった、みたいにすれば、スマートな展開にもなるし。そういう脚本の定石なんかよりも、捜査鑑定に行き詰ったら高機能の機械を出せばいいだろうと「SPring-8」でロケをしてしまう、そういう愚直なリアリティへの執念こそが、本作『科捜研の女』の最大のオリジナリティである。創作された物語に慣れ親しんでいる者ほど、このこだわりには面食らう。

だが一方で本作には、リアリティとは正反対の要素も含まれている。ボクが2時間ドラマみたいだと思った最大の点でもあるのだが、沢口靖子と周囲の男たちとのラブコメが端々に挟まるのである。内藤剛志との恋人未満な関係性とか、オーバーアクトでアプローチする野村宏伸とか、元夫の渡辺いっけいが登場することで微妙に変わる空気とか。どうだろう、ここで名前の出てきた役者の皆さん、沢口靖子を含めて、少なくとも映画の世界においてはラブコメ要員ではない。年齢だけではなく、特に男性陣は性格的にもラブコメとは相性が悪い人たちばかりだ。

本作では、天才的な思い付きとか偶然の発見とかによって事件の手掛かりが見つかるようなことはしていない(これは大きな挑戦である)。解決のための肝となるのは「より詳細な捜査鑑定をすること」であり、そのため最も重要なミッションは「上層部の許可」なのである。「SPring-8」の使用だって、まずかつての所長がそこに勤めているという偶然から、捜査鑑定のお願いを立てる。そこで警察庁の許可が必要と解れば、現在は警察庁の指導連絡室長である元夫に電話する。沢口靖子の強靭なネットワークが、事件解決を導く糸口となるのだ。

そもそも、立場上は"科捜研の敵役"として登場するお偉方が、元夫だったり父親だったり、あるいはかつて仕事で一緒だった人だったりと、沢口靖子と昵懇な関係ばかりなのが凄まじい。周囲の人物をラブコメ的な関係性(別に恋愛未満な関係性だけではなく、軽口を叩けるような仲、というような広い意味)に保つことで徐々に篭絡して手懐けておいて、ここぞというところで猫なで声で「お願いしますねー(はーと)」と無茶な要求をする。本作では事件解決の見せ場が、沢口靖子のラブコメ力にかかっているのである。なんかすごい。本作を新鮮と感じた一番の論拠がここにある。こんなミステリ映画、初めてだ。

 

※ このあとの段落はオマケですが、本作最大のネタバレを含んでいるうえに、観ていない方には意味不明のことを書いています。鑑賞後にご覧ください。

 

 

 

 

蛇足だが、はたして佐々木蔵之介はそれほどの"悪"だったのだろうか。開発中の薬による副作用の危険性を公表していなかった事実だが、別に市販されているわけではなく臨床実験の段階であり、副作用を無くすための研究を進めていたわけである。被験者には副作用を伝えていたのだし、確認できる限りでは最低限の倫理は守っているように思えるが。副作用が露見すると特許や政府からの補助金が下りなくなるという不安は、彼のせいではないだろう(あと、補助金はともかく副作用があろうと特許は取れると思う)。殺人は狂信者が勝手にやっただけで彼は無関係だし、話している理念は科学者として真っ当だし、一大スキャンダルにされるのは可哀想でしかない気がする。
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