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【邦画】『星の子』ネタバレあり感想レビュー--どうにでも解釈できる曖昧なラストは、大森立嗣監督の"逃げ"だろうか

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監督&脚本:大森立嗣/原作:今村夏子
配給:東京テアトル、ヨアケ/上映時間:110分/公開:2020年10月09日
出演:芦田愛菜、岡田将生、大友康平、高良健吾、黒木華、蒔田彩珠、粟野咲莉、新音、永瀬正敏、原田知世

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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大森立嗣監督は、役者に一切の演技指導をしないと聞くが、本作でもそうだったのだろうか。前作『MOTHER マザー』では、長澤まさみを始め複数の出演者が「監督から何も指示されなくて驚いた」と語っていたのだが。主演の芦田愛菜は「監督と何度も話をした」と語っているので、今回は別なのかもしれない。だが、相変わらず(広い意味での)アクションシーンが制御されていないので、大友康平にも勝手に演技させていた疑惑は残るが。

本作『星の子』では、芦田愛菜はカルト宗教(監督が用いた単語で統一します)にハマる両親を持つ中学生・林ちひろを演じている。原作は中学生の目から見た世界が一人称で書かれており、映画でも基本的に同じだ。そのためカルト宗教も、幼い頃から当たり前のように存在する日常の一部として扱われる。なので特段危険なものとしては描写されず、しかしすでに中学生なので世間からどのように思われているかも認識している。

本作において、芦田愛菜は常に受け身の演技だ。もしも大森監督が今回も演技を役者に任せきりだった場合、彼女のキャリアを考えれば当然の選択であろう。物語上も、ちひろ(芦田愛菜)が能動的に何かすることは少なく、常に周囲の状況に身を任せていることが多いので、それが正解なのは確かだ。

一人称の小説を映画化する場合、主人公の心の声に当たる地の文を、そのままナレーションで読み上げるのは避けるべきである。本作も定石通り、心象を映像に変換している(ここが監督の腕の見せ所である)のだが、そこでの芦田愛菜の佇まいが確かに素晴らしい。「親を大切に思う」という道徳的に極めて正しい行為が、世間からは白い目で見られている分裂した状態。そんな不安定に揺らいでいる立場を、時折こちら(観客)に見せる目線で表現している。

芦田愛菜演じるちひろの目を通したこの世界は、別に悪いものではない。金銭面を別にすれば信仰にハマる両親は幸せそうだし、学校でも友達もいるし孤立していない。カルト宗教の描写は定型をなぞっている(しかし幹部が高良健吾と黒木華だなんて、絶対に抜け出せそうにない)が、よくある執拗な勧誘やマルチ商法みたいなことは、少なくともちひろや両親は行っていないので、他者に迷惑をかけているわけでもない。優しい世界だが、他者と関わるたびに否定されてしまう矛盾。

そんな迷える子羊状態の最中、教団による研修合宿に突入する。尺の都合で原作からカットされたエピソードはこれまでもあったが、ここでは映画オリジナルの細かい要素がいくつか追加されている。ひとつは、両親を見つけられないちひろが、広くて薄暗い施設を探し回る、非常に不安を煽るシーン。エピソード自体は原作にもあるのだが、長い時間を使って象徴的に印象付けている。ちひろにとっては、親という拠り所を失うことに大きな絶望があると示される。

その直前、黒木華演じる女幹部の「ちーちゃん迷っているのね。あなたがここにいるのは自分の意志とは関係ないのよ」というセリフは、ずっと前のシーンでも似たセリフが登場するのだが、ここで繰り返すのは映画オリジナル。常に受動的であり「親を大切に思う」それだけを支えにしてきたちひろの現状を正確に言い当てたうえで、それでも構わないという選択肢まで与えている。黒木華、敵に回したくないタイプだ。

そして両親と再会したちひろは、連れられるがままに外に出て、雪山の中で3人並んで星空を見上げる。3人同時に流れ星を見ることなく、つまり親子との心の交流が成されぬまま映画は終了する。実は、ここで脱力した。結局、物語を放り投げたまま終わらせるのかと。

比喩的に"父殺し"などと言われるが、親との関係性を変化させることをもって(主に思春期の)成長とするのは、物語の定番だ。『許された子どもたち』のように、親との関係性を変えないと決断する場合もあるが。だが本作のラストは、その点を曖昧なままにして、観客に判断を委ねた状態で終わらせている。ちひろは変化したのかしなかったのか、そこがはっきりしなければ、物語の帰結とは言えない。

この星空を見上げるラストは、ひとつ重要なセリフが追加されているが、基本的には原作とほぼ同じである。文庫版の巻末に掲載された小川洋子との対談にて、著者の今村夏子は「この家族は壊れてなんかないんだ」とラストで書きたかったと語っているが、原作を読んでも判断の材料が足りない感は否めない(対談相手の小川洋子も、著者の意図に反してラストに不穏なものを感じている)。さらに映画では前述の黒木華のセリフもあるため、余計に解らなくなっている。自分はこれを大森監督の"逃げ"と感じたのだが。


最後に。劇場パンフレットに掲載されていた芦田愛菜のインタビューがすごい。物語や各シーンについて、真摯に意味を考えていて、それを自分なりの言葉で説明している。文章に起こした際に手が加えられているとしても、ここまで充実した内容のキャストインタビューは珍しい。この映画の解釈は、ほぼ芦田愛菜のインタビューで事足りるくらい。それに比べて大森立嗣監督のインタビューは語尾に「と思います」が何度も出てきたりと、自分の映画なのに、なんだか他人事。興味なかったのかな。
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