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【邦画】『ホムンクルス』ネタバレあり感想レビュー--演技も美術もロケハンもホムンクルスの造形も、すべてが説明的すぎて味気無い

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監督:清水崇/脚本:清水崇、内藤瑛亮、松久育紀/原作:山本英夫
配給:エイベックス・ピクチャーズ/上映時間:115分/公開:2021年4月2日
出演:綾野剛、成田凌、岸井ゆきの、石井杏奈、内野聖陽

 

注意:文中で中盤までの展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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毎度のことなので指摘するこちらも飽き飽きしているのだが、長期連載漫画を実写映画化したときに発生する「数年に渡って読者とともに育まれてきた物語を2時間の尺に収めようとしたゆえの歪み」が今回も悪目立ちしてしまっている。本作『ホムンクルス』の場合は、その違和感を取り除くため、この話は1週間の出来事だと最初に観客に伝え、1日過ぎるたびにテロップで現在は何日目か表示している。劇中の時間経過を短くしてコンパクトな印象を持たせる戦略だが、1週間の内に3人もの厄介な人物と偶然的に出会う御都合主義のほうに気を取られる弊害のほうが大きい。

ホムンクルス(1) (ビッグコミックス)

ホムンクルス(1) (ビッグコミックス)

  • 作者:山本英夫
  • 発売日: 2015/05/15
  • メディア: Kindle版
 

 

※ なお、原作は大昔に読んだきりで細かい内容は忘れていて、再読する時間も無かったので、今回は原作との比較はしていないです。申し訳ない。

 

主人公は、記憶を失って車(マツダの初代キャロル)で車上生活を送る青年・名越(演:綾野剛)。記憶喪失なので自分が何者なのか解らないが、新宿西口公園のホームレスとは親しい付き合いのようだ。その一方、なぜかクレジットカードを持っているので、高層ビルの最上階で高級料理を食べたりもする。窓から下を覗くと、富裕層の集うビルとホームレスの暮らす公園の間に、自分の車が停まっている。なんとも説明的な描写だ。

そんな名越の前に突然現れたのが、絵に描いたようなパンクファッションの研修医・伊藤(演:成田凌)。頭蓋骨に穴を開けるトレパネーションをさせてくれたら報酬を払うと言ってくる。「なぜ、俺なんだ?」と訪ねる名越に、伊藤は「高層ビルの一般人と公園のホームレスの中間にいるのがあなただからだ」と説明。いや、それはさっき映像で説明されたので、わざわざ改めて言わなくてもいいから。そう、この映画、やたらと観客に懇切丁寧に説明しようとしてくるのだ。

それでいて、名越が階層の中間にいるのは、その後の展開と何ら関係ないし。ともかく、なんだかんだで名越がトレパネーション手術を受ける。すると、左目だけだと、異様な状態に見える人が街に何人もいる。性格が薄っぺらそうなサラリーマンは体がペラペラだし、尻軽っぽい若い女は、腰部分が高速で回転している。名越と伊藤は、そういった姿をホムンクルスと呼ぶようになる。

いや、「性格が薄っぺらい」も「尻軽」も慣用句表現みたいなもんだから、それで実際に体がペラペラになったり腰がグルグル回転するのも違う気がするけど。まあ、そこは名越の妄想力の産物、とでもしておこうか。問題なのは、慣用句表現を文字通りに具現化しているため、これもまた観客に向けての過剰な説明になってしまっているところだ。馬鹿にされている感じもする。

歌舞伎町で暴力団の組長(演:内野聖陽)に絡まれて路地裏で小指を切り落とされそうになる名越。だが、ロボットの中で泣く子供というホムンクルスの姿から、組長が抱える少年時代のトラウマを指摘。組長は泣きながら逃走して難を逃れる。「性格が薄っぺらい」「尻軽」程度なら見た目の印象を名越の脳が具現化しただけかもしれなかったけど、初対面の相手の記憶にしかない具体的なモチーフ(この場合はロボット)がホムンクルスの姿に反映されているのなら、もうそれはオカルトの領域である。

で、こんな感じで、出会う人々の心の闇を解放していく名越なのであった。さて、この映画、清水崇監督もパンフレットのインタビューで答えている通り、ロケハンを行った制作部や、室内の内装を手掛けた美術部と装飾部の仕事が、なかなか素晴らしい。ここでの「仕事が素晴らしい」とは、監督や脚本家の意図通りのものを的確に用意している手腕を指す。マッドサイエンティストの自宅の壁だったら、それっぽい写真や新聞記事なんかを壁にベタベタ貼ったりとか。

屋内も室内も、いかにもなイメージを忠実に具現化しているのだ。ホムンクルスの造形と同じように、マッドサイエンティストの自宅ならこう、暴力団の組事務所だったらこう、みたいな。このイメージの伝達と具現化の過程で妥協している作品ってたくさんあるけど、本作は手を抜いていない。螺旋階段を真上から撮る手垢のついたショットも抵抗なくやっちゃうし。

演技も同様で、手練れの役者を揃えているのもあり、監督の思っている通りに、いかにもなキャラクターを忠実にこなす。成田凌は誰しもが固定観念として空想するマッドサイエンティストを忠実に再現してたし、岸井ゆきのの「謎めいた女」も良い雰囲気だった。岸井ゆきのにしては珍しいタイプの役柄なのだが、前髪パッツンにするだけで、こんなに神秘性が出るものなのか。彼女の力量の底知れなさが垣間見えたようだ。

ただ、撮影も美術も演技も「説明的にするための正解」を目指しているが、そうして完成した作品は、なんとも無味乾燥で味気ないのだ。なんだか、健康機能食品をポリポリと食べさせられているみたいなつまらなさ。いくら栄養を考えれば正解であろうとも、楽しい食事ではない。同じように、懇切丁寧な説明に注力して訳の解らない部分を徹底的に排除したら、映画『ホムンクルス』が本来持っていたはずの生々しい魅力は消え去るのも当然ではないか。

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