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【邦画】『空に住む』ネタバレあり感想レビュー--タワーマンションの高層階は精神に良くない

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監督:青山真治/脚本:池田千尋/原作:小竹正人
配給:アスミック・エース/上映時間:118分/公開:2020年10月23日
出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、鶴見辰吾、岩下尚史、高橋洋、大森南朋、永瀬正敏、柄本明

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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小さな出版社に勤める直実(演:多部未華子)は、両親が急死したために叔父夫婦の経営するタワーマンションの39階の一室に住むことになる。白を基調とした室内で、壁には絵画なのかすら判別不能な芸術的な何かが並んで飾られ、部屋の真ん中には石を積んだような腰壁みたいな何かがある。巨大なテレビも高級なソファーも、家電や家具というより部屋を構成するデザインの一部みたいで、まるで映画のセットのように(セットなんだけど)生活感が排除された空間だ。

いきなり自分のプライベートである自宅が非日常な虚構空間に変化させられてしまう。ある種のホラーのようだが、自宅をこうした非日常な空間にしたいと願う気持ちは、別に珍しくないのだろう。高級マンションのチラシに、本当に人が生活できるのかと疑問になる室内イメージ写真が掲載されるのも、一定の効果があるからだろうし。コンビニ弁当を広げて食べるのすら躊躇しそうな空間でくつろげるのか、個人的には絶対無理だが、むしろこちらが少数派なのかもしれない。

直実は、不思議な言い回しをしたりと本音の判別が付きにくいのだが、それでも突然の環境の変化に戸惑っているのは伺える。直実の勤める出版社は、郊外にある平屋の木造住宅を改良したもので、雑然とした和室に机と座椅子を並べて仕事をしている。本来はパブリックな場であるオフィスにしては不自然なほど、プライベートな感じの強い空間だ。明らかにマンションの部屋と対比させており、自宅と職場で逆転現象が起きている。

自宅に戻りエレベーターに乗ったところで日常から切り離され、映画のセットのような虚構的な空間へと連れていかれる。そのため初対面に近いトップ俳優からいきなり「オムライス作れる?」と聞かれたので自宅に上げるという、あまりに作り物めいた展開にも、直実は流されるように乗っかってしまう。タワーマンションの高層階は、そんな状況が成り立ってしまうほどに魔界なのだ。

一方の職場では、親友が不倫相手の子を宿しながら夫には「あなたの子」と偽ったまま結婚式を挙げようとしている。日常空間となる職場でも周囲ではドラマティックに物事が進んでいる。非日常的なプライベート空間と日常的なパブリック空間を毎日行き来する中で、直実が安らげることはなく、精神はゆっくりと蝕まれていく。

そんな、マンションのエレベーターを境として生活が分裂症状を起こしているさなか、その予兆を先回って感じ取っていたからか、可愛がっていた飼い猫が死んでしまう。それを契機に、直実は行動を起こす。具体的には、自分の中でのプライベートとパブリックを完全に直結させるのだ。分裂しているものを全て引っ付けてしまい、グチャグチャに丸めて一緒くたにする。かなりの荒療治だが、憂鬱の原因となっていた全てに折り合いをつけることに成功する。猫との邂逅によって手に入れた、ある種の自立だ。

生活感の無いマンションの部屋は、直実の空虚な内面を表した比喩表現でもあるのだけれど、それが東京の上空には無数に実在しているところに得も言われぬ怖さがある。それもあって、この映画を観ている間ずっと、タワーマンションの高層階は精神に悪いんだと、ひしひしと伝わってきたわけなのだけれど。プライベートを映画のセットのような虚構空間にしても平気なのは、選ばれた一部の人だけなのであり、簡単に憧れたりしないほうがいいのだろうと肝に銘じた。
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