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【邦画】『異動辞令は音楽隊!』感想レビュー--「少しだけ規格外」の役者・阿部寛が埋没する新たな空間


監督&脚本&原案:内田英治
配給:ギャガ/上映時間:119分/公開:2022年8月26日
出演:阿部寛、清野菜名、磯村優斗、高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、見上愛、岡部たかし、渋川清彦、酒向芳、六平直政、光石研、倍賞美津子、高橋侃、楢崎誠

 

注意:たいしてストーリーには触れていませんが、念のため未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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阿部寛って何だろう。いや、いきなり特定の個人を捕まえて「何だろう」ってのも失礼な話だが。しかし邦画市場にとって阿部寛は非常に特殊な位置にあり、それゆえ貴重だと思うのだ。

阿部寛の役者としての特性は、「少しだけ規格外」の存在感にある。少しだけ平均的な日本人の体格から外れ、少しだけ平均的な日本人より彫りの深い濃い顔で、少しだけ声が低く圧があり、少しだけ演技が臭くオーバーである。「少しだけ」というのが肝で、たとえば香川照之などのように意図的な過剰さを売りにすれば「規格外」の役者になることは難しくない。「少しだけ規格外」になるには、演技の微調整もさることながら、生まれ持った存在感が必要不可欠であり、その意味で阿部寛は天性の才能を持っていると言えよう。

そこまで熱心に阿部寛を追いかけているわけではないが、彼がよく演じる役柄には大きく2つある。ひとつは役者として認知されるきっかけとなったテレビドラマ『TRICK』や大ヒットした映画『テルマエ・ロマエ』のような、コメディ要素の強い作品の中でのキャラクターのような役。設定上はただの人間なのに人間としての演技を求められていないほどの強いキャラクター性には、阿部寛の「少しだけ規格外」が非常にマッチする。

もうひとつ多いのが、人情噺における昔気質で不器用な男という役柄。昭和の時代に取り残され、子供とそりが合わなかったり、職場で浮いていたりする。阿部寛の「少しだけ規格外」が、どうしても場からはみ出てしまう哀愁を感覚的に体現しており、こちらも適役だ。人情噺ではストレートな喜怒哀楽の感情を求められることが多いが、阿部寛は「怒」以外は不自然になりがち(演技が下手というより、あの見た目での「喜」「哀」には嘘っぽさが出てしまう)なのも、不器用な男を具現化に効果的に作用する。高倉健の「自分、不器用ですから」をアップデートしたかのような、令和の時代の昭和の男だ。

前置きが長くなってしまったが、今回の主題である映画『異動辞令は音楽隊!』では、刑事一筋30年の阿部寛が上司への態度などにより音楽隊に異動辞令を出される話である。阿部寛は昔気質の刑事役こそ多いが、本作のように部下には怒鳴り散らし、上司にも皮肉たっぷりに楯突き、法令遵守を一切守らないという極端にアウトローな役柄は珍しい(まあ、最近の映画でそんなタイプの刑事自体が非常に少ないのだけれど)。そういえば、阿部寛ってアウトローの役は意外と少ないような。

部下に向かって理不尽に怒鳴り散らす阿部寛は、さすがの迫力である。アウトローな鬼刑事なんていう現実味が無く形骸化した人物造形なので、キャラクターを得意とする阿部寛の本領が発揮されている。それはいいのだが、辞令が出されて音楽隊に異動になってドラムを叩き始めてからは、どうも阿部寛の演技が窮屈になっている。これは阿部寛本人よりも、脚本に原因があるように思われる。

刑事職に未練があり、嫌々ドラムを叩いて周囲と打ち解けないでいるうちは、まだ鬼刑事というキャラクターの範疇に収まっているのである。だが、いつの間にかドラムを素人目には完璧に演奏するようになると、違和感が噴出する。そう、阿部寛は"いつの間にか"ドラムと真剣に向き合うのである。同時に、過去の所業をきちんと謝罪するなど、人格にも急変が起こっている。

いや、心を切り替えそうなきっかけは、いくつかあるのである。でも、鬼刑事のまま30年もやってきた人物が人格を急変させるほどの、衝撃的な出来事とまではいえない。折り合いの悪い娘との邂逅や、音楽隊に情熱を燃やす交通課の気持ちに心を打たれる程度では、到底弱い。つまり単純に、話の筋に説得力が無い。

中盤以降は骨格としては人情噺なので、阿部寛のもうひとつの本領が発揮されるべきなのだが、いつの間にかドラムを器用に叩くようになる阿部寛からは、持ち味であるはずの「少しだけ規格外」が消え去ってしまっている。本来ドラムって繊細な楽器だから、ちゃんと演奏するには「少しだけ規格外」は邪魔なだけなので当然ではあるのだが。しかしそれでは得意の人情噺だとしても阿部寛は本領を発揮できないだろう。

いや、逆に捉えるべきか。阿部寛+ドラムという組み合わせはギャップによる面白さがあるはずだが、まがいなりにもきちんと演奏しているために、その場からはみ出ることなく埋没している。そんな希少な状況こそが、映画『異動辞令は音楽隊!』最大の価値ではないか。もしもドラムではなくボンゴとかだったら、こうはいかなかったであろう。

「少しだけ規格外」を失った阿部寛に、新たな価値を見つけることはできるだろうか。それはまだ解らないが、映画『異動辞令は音楽隊!』が、その可能性への道筋をつけたことは確かである。
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