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【邦画】『ちょっと思い出しただけ』ネタバレ感想レビュー--なぜ今、「過去の恋愛に折り合いをつける」ブームが起きているのか?

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監督&脚本:松居大悟
配給:東京テアトル/上映時間:115分/公開:2022年2月11日
出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、屋敷裕政、尾崎世界観、渋川清彦、松浦祐也、篠原篤、安斉かれん、郭智博、広瀬斗史輝、山崎将平、細井鼓太、成田凌、市川実和子、高岡早紀、神野三鈴、菅田俊、鈴木慶一、國村隼、永瀬正敏

 

注意:文中でラストの展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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映画『ちょっと思い出しただけ』は2021年7月26日から始まり、ある男女の何気ない日常が様子が描かれる。その次は2020年、さらにその次は2019年と、1年ごとに遡っては、その年の7月26日の様子が並べられる構成だ。冒頭の2021年では、男女は別の場所でそれぞれ仕事をしており、交わることは無い。だが時間軸が遡るにつれ、2人が別れた日、2人の特別なデートの日、2人が付き合い始めた日というように、かつては恋人同士だった男女の過ごした時間が逆に並べられていると判明してくる。そして最後の6年前の2016年7月26日では2人が初めて出会った印象的な日が描かれる。

日々の一瞬を時間軸と逆に並べた作品といえば、昨年11月に劇場公開&NETFLIX配信された映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』を思い出す。基本構造が同じなだけではなく、作品の雰囲気も似ているし、どちらも主要キャストに伊藤沙莉がいる。時間軸を逆に並べる手法自体は珍しくないが、ほぼ同じ時期に似たような映画が2本公開されているのは興味を引く。

さらに、昨年12月公開の映画『明け方の若者たち』も、時間軸を逆にしているわけではないが、過去の恋愛の記憶が主人公に残り続ける点や、まず何より映画の質感が、先ほどの2作と非常に似ている。昨年の大ヒット映画『花束みたいな恋をした』だって、過去の恋愛を思い出して最後には折り合いをつける話だ。普遍的であり多くの人の共感を誘うとはいえ、ここ最近の「過去の恋愛に折り合いをつける」ブームは何なのか。

時間軸を逆にしているため、観客はその後の顛末が既に知らされたうえで各シーンを観る羽目になる。たとえば「閉館後の水族館に2人で忍び込む」なんていう極めて特別な一日の描写だって、未来を知る観客ははしゃぐ2人に対して素直に感情移入できず、状況を俯瞰的に受け取らざるを得ない。1年後に辛い別れがあると知っていれば、「来年の誕生日、プロポーズしようかな」という素敵なセリフも受け止め方が変わってくる。

つまり、これはあくまでダンサーの佐伯照生(演:池松壮亮)とタクシー運転手の野原葉(演:伊藤沙莉)という2人の登場人物の回想であり、その回想を観客にも疑似体験させているわけである。いずれ別れるし平凡な日常に戻ると前置きしたうえで、いかにも特別な日のように描写される過去の恋愛模様を見せることで、でもその特別は一瞬でしかないですよと認識させているのだ。過去の恋愛を引きずっている人々を呪縛から解放しているかのようであり、そのためには逆行する時間軸の導入は最適だ。

野原葉は、(時間軸では)照生と別れた後、たまたま出会った男と関係を持つ。そして時間軸が2021年の現在に戻るラストで、その男と結婚して子供を授かっていると明かされる。照生の誕生日である7月26日なので未練がましくケーキを買って帰宅しているが、「明日、食べる(照生の誕生日には食べない)」と、過去の恋愛を断ち切ってつまらない日常を受け入れようと精一杯の努力を垣間見せる(ちなみに、つまらない日常を佇まいだけで具現化している夫役のニューヨーク・屋敷裕政が素晴らしい)。照生のほうにも、ラスト近くに未来を見るよう促される瞬間がある。

本作『ちょっと思い出しただけ』も、『ボクたちはみんな大人になれなかった』も『明け方の若者たち』も『花束みたいな恋をした』も、程度の差はあるが、「あのときは特別だと錯覚していた過去の恋愛は思い出として折り合いをつけて、これからは未来に目を向けよう」という大まかなメッセージは共通している。そのメッセージ自体は普遍的であるが、なぜ今、こんなメッセージを持った作品が集中しているのかを考えなくてはいけない。

それはつまり、過去の恋愛の特別性にすがってでもしないと、つまらない現在そしてきっとつまらないであろう未来に耐えられない人が数多くいるからではないか。自分は特別だと思い込むのは人間の性ではあるが、「いずれ特別になる」と未来に希望を抱くのではなく「かつて特別だった」と過去にすがるのは生産的ではない。しかし、未来に希望を持てない現在の社会では、そういう人々が増えるのは仕方なくもある。だからこそ、恋愛経験の特別性を破壊して過去に折り合いをつけるメッセージは多くの人に刺さり、それゆえそのような映画が増えているのだろう。

もっとも、『ちょっと思い出しただけ』には、更なるギミックが用意されている。クリープハイプの尾崎世界観(本作の着想元はクリープハイプの曲)演じるミュージシャンが要所で2人の前に現れるし、どの時間軸でも永瀬正敏が、そこだけ時が止まっているかのように同じ場所にいる。どちらの存在も、一年ごとの7月26日という断続した瞬間を行き来する、時間を超越したような存在だ。彼ら2人によって過去と現在は繋がり、そして未来にも繋がるかのような期待を残す。特別な過去があるからこそ未来も特別になり得るかもしれない、そんな期待だ。

その期待は、深夜の高円寺の商店街での即興ダンスのように虚構めいているかもしれない。だが、特別な過去を錯覚だと断ち切るのではなく、特別な過去があるから特別な未来だってあると考えるのは、「過去の恋愛に折り合いをつける」にしても、より建設的だ。『ちょっと思い出しただけ』は、そんな前向きなメッセージを持っており、それゆえ今の社会に必要な作品である。
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