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【邦画監督】三木聡監督作品レビュー--『大怪獣のあとしまつ』に残されていた作家性とは

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三木聡
1961年8月9日 神奈川県出身

 

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バラエティ番組の放送作家としても有名だが、宮沢章夫などと共に小劇場の舞台に関わっていた経験のほうが、映画監督作品の内容とは直結している。ちなみに、妻は三木作品常連のふせえり。

映画作品はナンセンスなギャグの羅列がメインで、そのギャグを繋げるためだけの物語だったり、ギャグに説得力を持たせるための不条理な空間演出がサブの添え物として用意される。特に、雑多な小物や派手な色彩を無秩序に配置して虚構性を高めた空間作りは、三木作品の大きな特色であろう。『俺俺』では、そのようなサブの技法をギャグのためではなく採用していて成功を収めていたが、その後の作品ではうまく活用できていない。

もうひとつ三木作品に欠かせないのが、擬音だと「ベチョベチョ」が最も的確な表現の、液体もしくはゲル状の何かである。多くは物語とは無関係に強引に挿入され、急に雨が降ったり、歯磨き粉が飛び出たり、ラードのような何かが道路にぶちまけられていたりする。この「ベチョベチョ」こそが、三木監督の抑えきれない作家性ではないだろうか。

 

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『イン・ザ・プール』
監督&脚本:三木聡/原作:奥田英朗
配給:日本ヘラルド映画/上映時間:分/公開:2005年5月21日
出演:松尾スズキ、オダギリジョー、MAIKO、森本レオ、ふせえり、岩松了、きたろう、三谷昇、市川実和子、田辺誠一

三木監督の長編映画デビュー作。いい加減で性格の悪い精神科医(演:松尾スズキ)の元に、様々な(診察に訪れるのは2人だけど)患者が訪れる。実在の病気である「持続勃起症」や「強迫神経症」などを笑いのためだけに利用するアンモラルを受け入れられるかどうかが、本作の悪趣味な享楽性を楽しめるかどうかの踏み絵となっている。それにしても、ベストセラーの大衆小説を原作にしながら、ここまで物語構築に対する責任感が皆無なのは、呆れを通り越して感心してしまう。
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『亀は意外と速く泳ぐ』
監督&脚本:三木聡
配給:ウィルコ/上映時間:90分/公開:2005年7月2日
出演:上野樹里、蒼井優、岩松了、ふせえり、要潤、松重豊、村松利史、森下能幸、緋田康人、温水洋一、松岡俊介、水橋研二、岡本信人、嶋田久作、伊武雅刀

夫が海外赴任中の主婦(演:上野樹里)が、ひょんなことからスパイになったため、奇想天外な出来事が周囲で巻き起こり、日々の生活が充実していく。シーン単位ではナンセンスなギャグの応酬なのだが、そのギャグをつなぐために毎度おなじみの雑多な小道具を大量に置いた虚構的な空間を作るなど、不条理な世界観の構築に腐心している。また、シーンごとの繋がりや前フリなどはきちんと計算されており、不条理な展開に説得力を持たせている。三木監督の最も得意とする方法論が凝縮されており、そのハイレベルな力量を堪能するには最適な作品。
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『転々』
監督&脚本:三木聡/原作:藤田宜永
配給:スタイルジャム/上映時間:分/公開:2007年11月10日
出演:オダギリジョー、三浦友和、小泉今日子、吉高由里子、岩松了、ふせえり、松重豊、岸部一徳、笹野高史、石原良純、鷲尾真知子、広田レオナ

大学8年生の男(演:オダギリジョー)が、借金取り(演:三浦友和)から、借金をチャラにする代わりとして東京散歩を付き合わされる。風変わりなきっかけによって日常が奇妙な空間へと変化し、主人公は不条理な場面に出くわしては俯瞰的に対応していくという、三木作品のフォーマットは本作でも採用されている。その所作により、東京の実在する街並みまでもが虚構的な空間に変化されているのには目を見張る。シュールなギャグの中にベタな家族愛の挿話が自然に組み込まれ、三木作品には珍しく哀愁が強い。岩松了&ふせえり&松重豊の三木作品常連によるパートが本編から切り離されているのも、情緒のためであろう。
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『インスタント沼』
監督&脚本:三木聡
配給:アンプラグド、角川映画/上映時間:120分/公開:2009年5月23日
出演:麻生久美子、風間杜夫、加瀬亮、相田翔子、笹野高史、ふせえり、白石美帆、松岡俊介、温水洋一、宮藤官九郎、渡辺哲、村松利史、松重豊、森下能幸、岩松了、松坂慶子
出版社を退職した女性(演:麻生久美子)が、自分の父親らしき人物の存在を知り、その男(演:風間杜夫)の元を訪れる。過去作同様、平凡な主人公が不条理な空間に入り込む定番の構成で、安定感すら漂う。また、「ベチョベチョ」に対する三木監督のこだわりも露骨になってきていて、脈絡なく麻生久美子と相田翔子の顔面に泥をぶっかける行為からは、もはや欲望を隠す気も無いのかという気にも。
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『俺俺』
監督&脚本:三木聡/原作:星野智幸
配給:ジェイ・ストーム/上映時間:119分/公開:2013年5月25日
出演:亀梨和也、内田有紀、加瀬亮、中谷竜、小林きな子、渋川清彦、少路勇介、岡野真也、町田マリー、ふせえり、岩松了、森下能幸、佐津川愛美、松重豊、松尾スズキ、キムラ緑子、高橋惠子

平凡な青年(演:亀梨和也)が出来心でオレオレ詐欺を働いてしまったところ、同じ顔を持つ「俺」が集まりだし、やがて「俺」同士で殺し合いが始まる。星野智幸による純文学小説ならではの奇抜で寓話的な世界観を映像で具現化するために、これまでギャグ表現のために培ってきた不条理を成り立たせるための技法を進歩的に活用している。その意味では、三木監督のターニングポイントとなる一作であり、同時に最も完成度の高い作品。
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『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』
監督&脚本:三木聡
配給:アスミック・エース/上映時間:107分/公開:2018年10月12日
出演:阿部サダヲ、吉岡里帆、千葉雄大、麻生久美子、小峠英二、片山友希、中村優子、池津祥子、森下能幸、岩松了、ふせえり、田中哲司、松尾スズキ

声が小さ過ぎるストリートミュージシャン(演:吉岡里帆)と「声帯ドーピング」で歌声を誤魔化していたロックシンガー(演:阿部サダヲ)が偶然出会うところから始まる物語。意外にもギャグが控えめで、そのため脚本の重要度が大きいのだが、変に複雑な基本設定を処理しきれずに持て余したまま放り投げていて、観客に提供する水準まで達していない。何より、『大怪獣のあとしまつ』も同様だが、取り上げた題材に対して全く興味を持っていないのが露呈してしまっている。両作品における世間からの批判は、大半はそのせいであろう。
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『大怪獣のあとしまつ』
監督&脚本:三木聡
配給:松竹、東映/上映時間:115分/公開:2022年2月4日
出演:山田涼介、土屋太鳳、濱田岳、眞島秀和、ふせえり、六角精児、矢柴俊博、有薗芳記、SUMIRE、笠兼三、MEGUMI、岩松了、田中要次、銀粉蝶、嶋田久作、笹野高史、菊地凛子、二階堂ふみ、染谷将太、松重豊、オダギリジョー、西田敏行

河川に横たわる大怪獣の死体処理に政府首脳が右往左往する話。低レベルなシモネタや韓国イジリなどベタなギャグばかりで、これまでの三木作品に見られるシュールなギャグとは種類が異なる。三木監督本人の意思なのか周囲の横やりなのかは不明だが、今は福田雄一みたいなものがウケるという浅はかな考えではないだろうか。また、チープだからこその独創性があった虚構的な空間演出は、巨額をかけたセットではいささかも発揮されていない(大金の使い方を知らないのかもしれない)。

何より、はなっから非日常の世界観、群像劇であり俯瞰的な視点を持つ人物がいないなど、三木監督の得意パターンがプロットから根こそぎ取り払われている。そんな状況で、怪獣特撮モノのパロディというリアルで重厚な描写が必要とされる脚本を、その点では不得手な三木監督に任せっきりにすれば、散々な結果になるのは目に見えていたはずではないか(本当に任せっきりかどうかは知らないが、少なくともまともな監修が付いていたとは思えない)。こういう良くない結果が自明の時に口を出すのが、本来の制作委員会が担う役割のはずなのに。東映と松竹が雁首を揃えていながら何をやっているのか。

それでも三木監督の痕跡を探すならば、カメラが常に動きながらの長回しの巧みさと、あとは「ベチョベチョ」としたものを無理やりにでも登場させる性癖くらいか。美男美女の俳優たちが怪獣の赤黒い体液を全身に浴びるワンショットにのみ、三木監督の抑えきれない欲望が刻まれている。
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