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【邦画】『決戦は日曜日』ネタバレ感想レビュー--「凝り固まった現状の体制」に抗う無意味さこそが、最大のリアリズムである

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監督&脚本:坂下雄一郎
配給:クロックワークス/上映時間:105分/公開:2022年1月7日
出演:窪田正孝、宮沢りえ、赤楚衛二、内田慈、小市慢太郎、音尾琢真

 

注意:文中で終盤の展開に軽く触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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坂下雄一郎監督作品を初めて観たのは、大学院の修了作品でもある『神奈川大学映像学科研究室』だった。学生の自主制作にしては自意識の発露みたいな側面は抑えめで、あくまで観客を楽しませようとする意図が強いのが珍しいと当時は思った。新宿武蔵野館での上映後のトークショーで、好きな映画を聞かれた坂下監督は『トイ・ストーリー』と答えていて、妙に納得したのを覚えている。

その後、地方映画の制作現場を描いた『エキストランド』と、かつてアイドルグループだったアラフォー女性が再集結しようとする『ピンカートンに会いにいく』を劇場公開時に鑑賞している(『東京ウィンドオーケストラ』は未見)。『神奈川~』を含めた各作品に共通するのは、「凝り固まった現状の体制」の中で抗ったり流されたりする個人の描写という大枠と、もうひとつ、戯画的な誇張表現によるエピソードが多いところであろう。

本作『決戦は日曜日』も、過去作と傾向は似ている。とある地方都市で盤石の地盤を持つ与党の大物衆議院議員の川島昌平が病に倒れてしまう。ちょうどそのタイミングで衆議院が解散し、県連などが協議した折衷案として、次の出馬には議員の一人娘である川島有美(演:宮沢りえ)に白羽の矢が立つ。川島昌平の議員事務所で10年も私設秘書として働いていること流れ主義の谷村勉(演:窪田正孝)は、政治素人の有美の言動に振り回されることになる。

設定だけなら、ありがちな話だ。「凝り固まった現状の体制」として今回は地方都市の衆議院選挙が俎上に上げられている。地盤・看板・鞄の全てを父から受け継いだ二世候補なんて、別に何をしたってしなくたって当選するに決まっており、本人は必死の選挙活動も茶番でしかない。ああ、なんとまあ純然たる無意味。そこに型破りな素人が全てを壊していくのかと思いきや、セオリーは序盤から崩されていく。

まずこの有美、まったく共感を得られない人物なのだ。立候補表明の記者会見で「各々」を「かくかく」と読むのはいいとして、少子化対策について聞かれて「結婚してるのに出産しないなんて怠慢です」と言ってしまう。年上の秘書に向かって「コーヒー淹れて」と上から頼み、「ホットじゃなくてアイス!」「いつも使ってるミルクあるでしょ!」と何度もやり直しさせる。世間知らずとかお嬢様育ちといった語句ではフォローできない、単に礼儀の知らない非常識なやつである。

これでは、もし仮に有美が「凝り固まった現状の体制」を壊したとして、素直にカタルシスを得ることはできない。ヒロイズムを担わせるには、あまりにヒーロー然としていないのだから。有美は当選すべきなのか落選すべきなのか、映画の序盤では物語が収束すべきゴールが判然とせず、悶々とする。王道のセオリーにあてはめられないのだ。

セオリー通りにするならば、この映画の主人公は有美ではなく、秘書の谷村だとすれば良い。エンドクレジットでも最初に出てくる名前は宮沢りえではなく窪田正孝であったし。「凝り固まった現状の体制」に流され続けていれば安泰だと事なかれ主義を貫く谷村は、有美や新人秘書の岩淵(演:赤楚衛二)が驚くような事態が起きても「そういうもんですから」と諦めの境地にいる。そんな彼が、ある出来事をきっかけに「凝り固まった現状の体制」に一矢報いようと変化する。有美の存在は、谷村の意識を変化させるための装置に過ぎない。

現状を壊すべく谷村は有美と共謀して、こっそりと落選運動を始める。その一環として、有美は完全アウトな人種差別発言をする。ネットは炎上するも、熱狂的な国粋主義の"信者"が集まってしまい支持は増える始末。ならば最終手段と有美の父が大手会社代表から現金を受け取っている動画をネットに載せる。ニュースでも取り上げられ、これで政治生命は絶たれたかと思いきや、同じ日に北朝鮮がミサイルを発射。違法献金動画のニュースは吹き飛んでしまいそうになる。その後も、何かを仕掛ければ別の何かで帳消しになる、そんな一進一退の攻防が続く。

このような落選運動のための一連のあれこれでは、坂下監督らしい戯画的な誇張表現が展開される。だがここで露わになるのは、現実の政治との類似点だ。実際にあった出来事を元ネタにしているから、だけではない。差別発言をすれば支持者が集まる、違法な献金が白日の下に晒されても世間から相手にされない、などなど、コントみたいな展開なのに今の日本の政治そのままだ。何より、どんな下手を打とうが盤石な地盤の元での選挙には全く影響が無いという、「凝り固まった現状の体制」に抗う無意味さこそが、最大のリアリズムであろう。

戯画的な誇張表現をここぞとばかりに披露すると、なぜか現実と連なるリアリズムになってしまう。ここが坂下監督きっての痛烈な皮肉ではないか。谷村は、最後に「それでも抗っていく」と覚悟を決めている。そんな谷村の覚悟をどう受け取るか、同じく何かしら「凝り固まった現状の体制」の内側にいるであろう多くの観客に突きつけられている。
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