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【邦画】『ホテルローヤル』ネタバレあり感想レビュー--役者のポテンシャルに委ねた丁寧な物語と、それを邪魔する編集上の小技の悪目立ち

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監督:武正晴/脚本:清水友佳子/原作:桜木紫乃
配給:ファントム・フィルム/上映時間:104分/公開:2020年11月13日
出演:波留、松山ケンイチ、余貴美子、 原扶貴子、 伊藤沙莉、 岡山天音、正名僕蔵、内田慈、冨手麻妙、丞威、稲葉友、斎藤歩、友近、夏川結衣、安田顕、和知龍範、玉田志織、長谷川葉生

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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北海道釧路市の山中にある小さなラブホテル「ホテルローヤル」の内外で起こる様々な人間模様が繰り広げられる物語。原作は桜木紫乃による連作短編集で、繋がりはあるが基本的に別個のエピソードである個々の短編を、ホテル経営者夫婦の一人娘・田中雅代(演:波留)を主軸に据えて一本の話に繋げている。

ホテルローヤル (集英社文庫)

ホテルローヤル (集英社文庫)

  • 作者:桜木紫乃
  • 発売日: 2015/07/03
  • メディア: Kindle版
 

 

まずは、すっかり廃墟となったホテルに、ヌード撮影のために忍び込むカップルの話から始まる。女のほうを演じているのが冨手麻妙なのでもちろんヌードの大盤振る舞いとなるのだが、シャッターが切られるたびに営業時の従業員の様子が一瞬カットインしていく安直な編集はどうなんだろう。令和の時代、さすがにちょっとダサくないか。

で、時間軸は一気に巻き戻り、雅代が高校卒業したものの美大受験に失敗した時期になる。ここでベテラン従業員・能代ミコ(演:余貴美子)の息子が逮捕される話、その翌日に雅代の母親(演:夏川芽衣)が若い男と駆け落ちして出ていく話が続く。各エピソードの筋書きだけを抜き出してみると、よくある話で面白みがないのだが、そこに余貴美子や雅代の父親を演じる安田顕など人間的な生々しさが際立つ役者が関わり、道外の人が聞き取れるかどうかギリギリの方言も相まって、ベタなエピソードから味のある人情噺へと進化が起こる。

さらには、波留が体現するエントロピーの低い爬虫類のような存在が中心に置かれることで、その周囲を巡るエピソードは更に際立ってくる。小説から映画へと変化させる過程でどうしても失われてしまう"文字ならではの質感"を、役者のポテンシャルによって別の形にして補っているのだ。映像化の正しい在り方で、この辺りは、さすが武正晴監督の手腕が光る。「もうひとりの主役はラブホテルという場所そのものだ」って言い切れるほどではないものの、ラブホテルの内観も主張はしないけど邪魔もせず適度に抑えた感じで悪くなかったし。

さて、またもや時間軸が飛んで雅代がホテルの経営を継いだ後は、2組の客のエピソードが順番に並ぶ。伊藤沙莉が演じる17歳の女子高生(!)の、勝手にホテルの中を歩き回る奇抜な行動に期待がかかるが、話そのものはありがちな結末で、ここでもやはり伊藤沙莉と岡山天音という役者から滲み出る奇麗事に収まらない生々しい感じが、厚みを与えていた。

とまあ、役者のポテンシャルに委ねた悪くない作品なのだけれど、どうしても意識を削がれる箇所があるのである。先に書いたシャッターを切ると過去の映像がカットバックされるのもそうなのだが、編集における「気が利いてるでしょ」的な小技が妙に悪目立ちしているのだ。特に、何度もあったのだが、ワンカットの最中に別のシーンつまり時間軸が移動しているやつね。あるシーンの最後に、部屋の中にある小物のアップになった後、カメラが引くと全く別の人がいて、別の時間軸になったと解るとか、そういうの。確かに巧いのだけれど、「あ、巧い」って感じるがために一瞬だけ意識が物語世界から現実に戻ってしまうのだ。

元々は別個の物語であった短編を繋げるがために、これは同じ世界観の話ですよとアピールするための所作なのだが、単純に数を打ち過ぎている。そもそも、原作では同じ世界観なのはちょっとしたお遊びで、そこまで重要な要素でもないし。連作短編集をひとつの映画にする際に「ひとりの人物に焦点を絞る」とするのは王道の手法で、本作でも波留を使ってそうしているのだから、余計な小技は必要なかったのでは。

で、終盤になって、それまでエピソードとは大きく関わらず虚空のように存在し続けた波留演じる雅代が、ついに物語の主人公となる。だがそこでの「お客さんにとっては非日常だけど、私にとっては日常の風景」から始まる一連のセリフがなあ。ここで言葉によって全てを説明してしまうのである。物語の構造から作品のメッセージまでべらべら喋るのは、明らかに説明過多だ。相手が松山ケンイチなのだから身を任せるだけで全てを表現できるというのに。

さらに全てが終わった後、もうひとつ短編のエピソードを無理にねじ込んだせいで、さらに説明過多な状態に。これはもう脚本が良くない。雅代(波留)を中心に置く構成にした時点で、直接は関わっていない最初と最後のエピソードは、どうやったって蛇足にしかならないのだから。で、関係ないエピソードまで無理に関連付けようとして編集による小技を多用したせいで、あちこちに変なノイズが発生してしまっているのである。
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ちなみに 武正晴監督作品のお勧めはこれ。

yagan.hatenablog.com

 

 

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