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【邦画】『十二単衣を来た悪魔』ネタバレあり感想レビュー--主人公が物語に関われないのでは、異世界転生モノのツボをことごとく外してしまうのも仕方ない

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監督:黒木瞳/脚本:多和田久美/原作:内館牧子
配給:キノフィルムズ/上映時間:112分/公開:2020年11月6日
出演:伊藤健太郎、三吉彩花、伊藤沙莉、田中偉登、沖門和玖、MIO、YAE、手塚真生、細田佳央太、LiLiCo、村井良大、兼近大樹、戸田菜穂、ラサール石井、伊勢谷友介、山村紅葉、笹野高史

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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就職面接では59社連続不採用のフリーター・伊藤雷(演:伊藤健太郎)は、日雇いバイトで製薬会社が主催する「源氏物語と疾患展」(なんだかなあ…)の設営を手伝う。そこで源氏物語に登場する光源氏の兄・春宮の不遇ぶりを知り、京大の医学部に受かった弟に格差を感じている自分と重ね合わせる。そして家族で合格パーティーが開かれている自宅に入れぬまま路地で悶々としていると、いきなり源氏物語の作中世界に転生してしまう。ちなみにこの転生シーン、とても邦画大作とは思えないチープな映像処理なので逆に必見。

十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞 (幻冬舎文庫)

十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞 (幻冬舎文庫)

  • 作者:内館牧子
  • 発売日: 2015/01/09
  • メディア: Kindle版
 

 

公式のあらすじではタイムトリップとあるけど、源氏物語は紫式部が創作した話なので、正しくは異世界転生ですね。どうも劇中ではこのあたりを曖昧にしていて、紫式部の名前がはっきり出てこないなど、源氏物語を歴史上の出来事のように誤解させようとしている節がある。で、この「著名な物語の作中に転生する」という設定のために、にっちもさっちもいかない窮屈な物語になってしまっているのだ。

雷が転生したのは、源氏物語の名敵役・弘徽殿(こきでん 演:三吉彩花)の住む宮廷の庭。怪しい奴と取り押さえられるも、日雇いバイトに配られていた頭痛薬によって弘徽殿の体調を回復させたことで信頼を得る。高麗(こま)から来た陰陽師・雷鳴だと偽って弘徽殿に仕えることになり、企画展のパンフレットに書かれている源氏物語の内容を、占いの結果として弘徽殿に伝えるようになる。

現代の薬によって信頼を得るのは『本能寺ホテル』と同じだけど、頭痛薬の効果が出たのは一晩経ってからなので、『本能寺ホテル』の20分で効く胃腸薬よりは説得力がある。それはどうでもいいのだが、この構図だと大きな問題があって、雷鳴は「すでに決定している物語の先を伝える」ことしかできないのである。なので雷鳴の助言とは無関係に、源氏物語と全く同じまま話は進んでいく。異世界転生モノなのに、転生者が決められた物語を追うことしかできないのは、なんとも歯痒い。

これがタイムトリップ(公式にならって「トリップ」と書くけど、この場合はせめて「タイムスリップ」じゃないかなあ)ならば、歴史改変をしていいのかという葛藤とか、ベタな展開に持っていけるのだけれど。すでにあるフィクションの中身を変えたところで、だから何だという話であるし。そのため雷鳴はメインの話からは切り離され、オリジナルキャラクターである妻の倫子(りし)とのあれこれが転生先での最も大きな体験となる。

雷鳴は主人公のはずだが、倫子との馴れ初めから死別までの一連は、源氏物語をなぞる本編とは無関係なサブストーリーだ。主人公が脇に追いやられている構造は明らかに異常であり、映画全体を歪なものにしている。倫子は雷鳴との初対面時、自分の顔が醜いのは解っていると言い、その態度に雷鳴は本気で惚れてキスをする。まあ乱暴な展開だけど、それより倫子を演じているのが伊藤沙莉なのね。醜いと言い切るには微妙だし、平安時代の基準だと目が小さい丸顔は、むしろ美人のような気も。ルッキズムの問題は別として、映画的な説得力に欠けるというか。

※ ちなみにこのシーン、黒木瞳監督が本番で急に伊藤健太郎にだけ「キスして」と指示したらしい。おかげで伊藤沙莉の驚いた顔にリアリティが出たとか監督は言っているけど、若い役者が大女優に抗議できるわけもなく、日本映画界に蔓延するパワハラの具体例でしかない。

一気に省略するけど、なんだかんだで源氏物語の十三帖「明石」まで進んだところで、雷鳴は陰陽師の格好のまま現代に帰ってくる。雷鳴から伊藤雷へと戻ったわけだが、言葉遣いや仕草の癖が抜けず、弟の合格パーティー中の家族を惑わせる。ところで映画本編と関係ないのだが、予告でも現代に戻るシーンが使われていて、現代と源氏物語の作中を何度も行き来する話のように匂わせているのだが、そういうミスリードは頂けない。

実は雷鳴は源氏物語の作中世界において何度も時間を飛んでいるので、最終的に26年経っている中で、ひとりだけ成長も老いもしていない。原作には無い映画オリジナルの設定なのだが、これだと雷が現代に戻った時点(現代では時間は進んでいない)で、どれだけの体感時間を源氏物語の世界で過ごしていたのかが不明なのだ。なので、平安時代の仕草のままの雷をどう受け止めていいのか解らず、観客は素直に面白がれない。

で、弟との邂逅シーンになるのだが、ここが転生先での雷の体験と何も繋がっていないんだよね。自分と重ね合わせているはずの春宮は大して出てこないうえに、弟と対比されている光源氏は転生先では女にだらしないだけのやつだし。なぜこれで弟とのわだかまりが解消されるのか、意味が解らない。大体、現代パートの重要人物とは対になっていない弘徽殿をメインにしている時点で、脚本上のロジックが破綻している。

異世界転生モノにおけるツボをことごとく外しているのは、源氏物語という強固な物語を改変できず主人公が作中世界に関われない問題が根本にあるからだが、それにしても下手を打ちすぎではある。弘徽殿をメインにするなら、主人公が抱える問題は母親の存在にするのが妥当だろうに。

ラストシーンで、雷はどこかの施設(ロケ地は東京女子大学だが、雷はフリーターなので大学ではないと思われる)の庭でノートパソコンを広げ、小説なのか評論なのか不明だが何やら文章を書き始める。就職活動を諦めて文筆業を目指すオチにするなら、少しは伏線を入れてくれ。しかも「弘徽殿は一般的に悪人と言われているが…」みたいな書き出しなのだが、それはただの源氏物語の二次創作だぞ。

そして急に風が吹き、資料で持っていた源氏物語絵巻のコピーが空に舞い上がる。それを拾ったのが倫子そっくりの女性。見つめ合ったところでカメラが2人の周りをグルグルと回り、エンディング曲が流れ出すのだが、それがギター弾き語り(しかも英語詩)から始まるロックで、まったく映画の内容と合っていない。このオカモトズによるラップ調のロック曲が、最後までこの映画を混沌へと落とし込んでいるのであった。

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