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【邦画】『吾輩は猫である!』感想レビュー--武田梨奈のアクションだけが異次元だった

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監督&脚本:笠木望
配給:レフトハイ/上映時間:120分/公開:2021年12月3日
出演:武田梨奈、黒田百音、芋生悠、津田寛治、松林慎司、大塩ゴウ、バンダリ亜砂也、CODY、白善哲、森本のぶ、篠田諒、久保田康祐、大迫茂生、真辺照太、望月卓哉、片山享、藤田瞳子、泉ひかり、斉藤波音

 

注意:文中で中盤までの内容に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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タイトルだけ見た時は、著作権の切れた文学作品を原作だと言い張る2.5次元俳優がたくさん出てくる映画(最近多いんだ、この手のやつ)だと勝手に想像したが、実際は武田梨奈らのアクションがメインで、猫がキーになっているだけで夏目漱石とは無関係だった。公式ではノワールって言っているけど、ノワールかなあ、これ。

地下格闘家の美那(演:武田梨奈)は、対戦相手を半殺しにしてしまい、2週間の留置場生活を送っていた。美那の名前と現在時刻がテロップ表示され、留置場から出てくるシーンから映画は始まる。外で待っていたライバルのアンナ(演:芋生悠)に殴られる美那。まさかあの武田梨奈が簡単に殴られるなんてと驚くが、実は記憶喪失で自分が格闘家であることも忘れているのだ。

迎えの車が来て、地下格闘技を主催している暴力団の事務所に連れていかれた美那は、組長(だったっけ。事務所内のトップの人)から今日すぐに試合に出るよう強要される。そこに猫を抱えた組員としがない中年男が部屋に入ってきて、若い衆が組長から殴られるなどしたあと、試合の準備のために美那とアンナが部屋から出たところで、一度暗転。

今度は「名無し」という表記と、冒頭とは数分違いの時刻がテロップで出る。つまり時間軸が冒頭あたりまで巻き戻っている。債務者の自宅から、借金のカタとして、飼い猫を連れ去る2人の組員。そして行方(なめかた 演:津田寛治)という男を途中で車に乗せてから事務所に到着し、先ほどの若い衆が殴られるシーンがもう一度あり、それから美那たちが出て行った後の部屋の様子が描かれる。猫を殺せだなんだと組長と組員が言い合っていると、部屋の奥から謎の女子高校生がいきなり現れ、すぐに部屋から逃げ出す。「誰だてめえ」と追いかける組員たち。そして暗転。

で、また別の人名と時刻が表示されて、時間軸が巻き戻される。女子高校生のスズ(演:黒田百音)は先ほどの債務者の娘で、位置アプリを使って飼い猫の場所を特定し、類まれなる運動神経を発揮して事務所に潜入してきたのだ・・・。えっと、そろそろストーリーを追うのやめていいですかね。同じ時間軸を別視点で3回も語られる間延びした感じを、この文章を読んでいる方にも体感してほしくて、あえてグダグダと序盤の展開を書き連ねてみました。

笠木望監督は前作『いざなぎ暮れた。』でも時刻をテロップ表示していたので、ひとつの作家性の発露なのだろう。前作のまったくもって無意味な時刻表示に比べれば、本作では時間軸を整理して知らせる意味はある。問題は、この3つの話が半端にしか絡まらず、話がなかなか進まなく感じるためにダラダラとした印象を受けるのだ。別に、それぞれの場所での短いシーンを時間軸通りに並べれば(つまり、ごく一般的な映画の作りにすれば)、同じシーンを繰り返す必要も無く、上映時間も短縮できるのに。猫が運ばれてきた理由を、そんな長い尺で種明かしされても。

このあと、美那&アカネ、行方、スズの3組がそれぞれその場から逃げ出して、組員たちが追いかける。独立した3つの逃走劇が繰り広げられるわけである。ひとつの建物の中で、一組に対して5~10名程度の組員が追いかけていて、互いの逃走がかち合ったりとかもほとんどない。組員同士の情報共有もまったくできておらず(まず、組員は全部で何人いるんだ?)、とても同じ時間に同じ場所で起きていることとは思えない。そして先ほどと同様に同じ時間軸の出来事を順番に3回も観させられるわけで、ダラダラとした印象はさらに増す。この3回1セットが、この後も何度も続く。

「人工的」なる言葉が批判めいて使われる昨今だが、この手のアクション映画であれば、無関係な人物がたまたまかち合って予想外の状況になって、みたいな人工的な展開があるほうが盛り上がる。むしろ、同じ建物内であちこち逃げ回る人物たちがほとんど交差しないほうが不自然であり、逆に人工的だ。視点と時間軸を何度も変える手の込んだプロットを採用しているのに、それによって斬新な何かが発生しているわけではないから、ただ間延びした印象しか残らない。

で、肝心のアクションシーンは、当然と言えば当然ではあるが、武田梨奈だけが異次元の動きをしていた。記憶喪失という設定なのでなかなか実力を発揮せずイライラを助長させるが、ひとたび動けば残像しか見えないパンチの連打とか、脚で相手の首を挟んで空中で回ったりとか、武田梨奈の代名詞である自身の頭上を越えるハイキックとか、まだまだ現役であることを実感させてくれた。皆の観たかった武田梨奈が、ここにいた。

ただ、武田梨奈のアクションは全体からすれば非常に少なく、他の役者も頑張っているけれど武田梨奈基準だと話にならないレベル(仕方ないけど)なので、もっさりとした印象を受けてしまう。人物視点(猫を含む)のカメラ映像も多用される(武田梨奈はカメラを口に咥えて撮影したらしい)が、韓国映画『悪女/AKUJO』の冒頭シーンのようなこだわりがあるわけでもない。あと、道具を使っての攻撃がホウキとかプラスチックのゴミ箱とか、まったくダメージを与えられそうにないものばかり(なのに相手はうずくまって悶える)なのは何なのか。

アクションで比類なきセンスを見せる坂元裕吾監督のブレイクと同じ年の公開というのが、本作の悲劇かもしれない。『ある用務員』とロケ場所が同じなのもあり、どうしても坂元監督作品と比べながら鑑賞してしまうのだ。低予算映画だからアクションも完璧には撮れないという言い訳は、『ベイビーわるきゅーれ』が世に出た以上は成立しない。武田梨奈、坂本監督作品に出てくれないかな。

脚本上の仕掛けがほとんどないのに時間軸を行ったり来たりさせるだけなのでダラダラとしているうえに、アクションシーンも武田梨奈以外はもっさりとしている。その結果、全体として愚鈍な印象を受けてしまうのが非常に残念。頭脳か身体か、せめてどちらかは本腰を入れてくれないと、成長が著しい昨今の低予算邦画の平均は超えられない。あと、猫がずっと布袋に入っているままで、どこかに逃げ出す展開すらないのは、猫映画としてどうなんでしょう。
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笠木望監督の前作

yagan.hatenablog.com

 

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