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【邦画】『天外者(てんがらもん)』ネタバレあり感想レビュー--客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえる、貴重な映画館体験

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監督:田中光敏/脚本:小松江里子
配給:ギグリーボックス/上映時間:109分/公開:2020年12月11日
出演:三浦春馬、三浦翔平、西川貴教、森永悠希、森川葵、迫田孝也、宅間孝行、徳重聡、榎木孝明、筒井真理子、内田朝陽、八木優希、ロバート・アンダーソン、かたせ梨乃、蓮佛美沙子、生瀬勝久、六角慎司、丸山智己、田上晃吉

 

注意:文中でラストシーンに触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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金曜日昼間のTOHOシネマズ日比谷。ロビーに着いた段階で「平日にしては人が多いな」とは感じたが、TCXを備えたスクリーン5に入ったところ、397席あるうちの8割以上が埋まっていて驚いた。前方と両端には空席があるものの、体感としては満席に近い。ほぼ女性客で構成され、年齢層は高め。品の良さそうな方が多いのは有楽町という土地柄だろうか。映画『天外者(てんがらもん)』は、幕末を舞台にした地味な内容の話である。ギグリーボックスなんていう聞いたことない名前の配給会社だからか、たいして宣伝も行われていない。それなのに、この盛況ぶりとは。

そもそも、この作品が同日公開の『新解釈・三国志』を差し置いてTCXでかかること自体が異例なのだ。たしかに最近は洋画大作の公開延期が相次ぎ、その穴埋めとしてミニシアター的な邦画作品でもシネコンでかかる傾向がある。しかし、ヒットメーカーの福田雄一監督による最新作で、超が付く人気者の大泉洋が主演で、あらゆる媒体で大々的に宣伝されている東宝肝煎りの大作を122席しかないスクリーン8に追いやってまで、『天外者』を大スクリーンで上映し、しかも大量の観客を呼び寄せている理由はひとつしかない。

三浦春馬に、主演作の公開日に映画館に押し寄せるタイプの熱いファンの存在(印象としては氷川きよしのファンのような)がいることに驚いたのだ。いや、センセーショナルな出来事があっての注目度ではあろう。でも、三浦春馬って、たしかに端正な顔立ちではあるが、いわゆるアイドル的な人気ではなく、演技力を評価されてきたタイプの役者であるのに。隣の席では、60歳くらいのご婦人2人が、互いに新聞の切り抜きを見せあって「あらー」とか言っていた。あまり映画館で遭遇する光景ではない。

映画の内容だが、幕末から明治を舞台にして、西日本を中心に近代日本経済の基礎を構築したと言われている五代友厚の生涯を追ったものである。あまり詳細が有名ではない偉人(NHK『あさが来た』でディーン・フジオカが演じて少し話題になったが)にスポットを当てている時点で、まあ地味な話になってしまうのは仕方ない。数少ないチャンバラシーンも、カットを細かく割り過ぎていて、時代劇アクションとしての快楽は少ないし。

劇中の五代友厚は、常に未来を見据えて日本の発展を願う芯の通った人物として描かれる。実際の五代友厚はというと、たとえば北海道開拓使官有物払い下げ事件に関わるなど汚点も残しているが、そういう方面はバッサリとカットされているし。坂本龍馬(演:三浦翔平)を始めとする幕末の有名人を周囲に配置し、裏面として主要な歴史の流れを踏まえつつ、その激動の近代日本の中で五代友厚が何をしたのかを追っていく。構造としては、NHKの大河ドラマと非常によく似ている。なんでそう都合よく後世の偉人と遭遇しているのか、という点を含めて。

それにしても、坂本龍馬なる存在の説得力たるや。ここでいう坂本龍馬とは、実在の人物ではなく、司馬遼太郎が創作したキャラクターを指しているのだが。ここまでキャラ設定が固定化していて、しかも世間に浸透している歴史上の人物って他にいるか(信長ですら、いろんなキャラにされているのに)。そんな日本人の共通認識こと坂本龍馬をとりあえず出しておけば、まるで特異点のように空間に作用して、ここは激動の歴史の渦中なのだと万人に思い込ませることができる。便利な存在。

話を戻すが、五代友厚を裏表の無い誠実で一本気な性格にしたことと、常に信頼の置ける仲間(しかも、伊藤博文などビッグネームが多数)が近くにいるために世間的には嫌われ者であった点に重きが置かれなかったことで、ヒーロー然とした主人公になっている。この主人公像が、スキャンダルとは無縁な好青年らしい三浦春馬のイメージとも見事にシンクロしている。日本に根付いている「死者は聖人とするべし」という風潮も、そこに拍車をかけているのであろう。顔のアップが多いこともあり、劇中の五代友厚を三浦春馬と同一視して捉えてしまうのは、もはや不可避の状態だ。

史実通り、ラストにて五代友厚は49歳の若さで亡くなる。通夜の席には反発していた大阪商人たちが大行列を成して訪れ、観客の感情を最大限に揺さぶった瞬間にエンドロールへと持っていく。どうしたって三浦春馬の最期と重ねてしまうわけで、エンドロールの最中は客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。そして最後にはどこからともなく拍手が巻き起こる。イベント上映でもない通常回で拍手が起こるなんて、久しぶりの経験である。

結果的にはと断ったうえでだが、『天外者』は三浦春馬にとっての、初めてのアイドル映画だったのかもしれない。主人公と演じている役者が同一視されるのは、アイドル映画ならではだし。客席は、おごそかな空気感で包まれていて、なかなか異様な空間であった。この貴重な映画館体験の余韻にしばらく浸っていきたいところなのだが、このあとすぐ『新解釈・三国志』を観なければいけなかったのである。余韻、ぶち壊し。福田雄一の野郎・・・
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