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【邦画】『マイ・ブロークン・マリコ』感想レビュー--原作に忠実にしようとする意識が必ずしも好転するとは限らない


監督:タナダユキ/脚本:タナダユキ、向井康介/原作:平庫ワカ
配給:ハピネットファントム・スタジオ、KADOKAWA/上映時間:85分/公開:2022年9月30日
出演:永野芽衣、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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映画レビューを書いていて悩ましくなるのは、原作についてはどの程度の考慮をするべきかが判断が難しくなるときである。もっとも大抵の原作付(小説にしろ漫画にしろ)の映画は多くの変更が加えられており、そこから映像作品ならではの独自性を見出すことは難しくない。だが本作『マイ・ブロークン・マリコ』の場合、プロットは平庫ワカによる原作漫画通りであるし、印象的なシーンやセリフも原作からそのまま抜き取っている。これでは物語を分析して考察したところで、映画ではなく原作のレビューとなってしまう恐れがある。

 

簡単にあらすじを書くと、ブラック企業に勤めるシイノ(演:永野芽衣)は、子供時代からの親友・マリコ(演:奈緒)が自殺したとニュースで知る。父親から虐待されていたのを知っていたのに助けられなかったマリコは、今度こそはとマリコの実家に突入して両親から遺骨を奪い、マリコが行きたがっていた青森の岬へと遺骨とともに旅に出る。

父親や歴代の彼氏から虐待を受けていたマリコと、そんなマリコにずっと寄り添ってきたシイノ。保護される者とする者の関係と思いきや、シイノの独白から徐々に、実は危うい共依存の関係性であることが明らかにされていく。都合のいい時だけ呼び出されては時は優しく時には声を荒げるシイノのほうも、マリコがいることで自我が保たれているのだから。

そして、マリコが自殺をすることで死者と生者という非対称の関係になり、共依存による均衡は崩れる。シイノがマリコの遺骨を奪い旅に出るのは、改めて対等な関係になりたいという衝動からだ。当然、死者と対等になるには自分も死ぬしかないという考えに至るし、そこから第三者の介入によって過去を振り払い未来への道筋を見つけ出す展開は素直に感動する。

そんな展開に、象徴性を帯びたいくつものシーンや、シイノのヤンキー気質のキャラクターにマッチした名セリフがいくつも練り込まれており、それだけで満足できる作品である。だがそれら全ては、冒頭で述べたように、ほぼ原作そのままなのである。では、今回の映画化によって新たに付加されたオリジナリティは何なのか、それを考えなくてはならない。

原作漫画は単行本1巻、正味140ページ程度の短編である。映画も85分と短いが、それでも原作からは尺を長くする必要がある、それでどうしているかというと、基本的には原作と同じシーンに小さなやり取りを追加していき、1つ1つのシーンを長くしていく作業が主なのである。完全に追加されたシーンとしては、たとえば物語がほとんど終わった後のシイノの日常描写だったりと、単に原作の話から端折られている部分を埋めているだけのものが多い。

ただただ尺を伸ばすだけなので、物語は間延びしていき、原作をひたすら薄めているようだ。映画のオリジナリティが希薄であれば、わざわざ映画にしている意味が何なのか解らなくなってしまう。映画だからこその美点なんて、シイノが旅先で出会うどこか達観した男・マキオを演じる窪田正孝を含め、あまりに完璧すぎる絶妙のキャスティングくらいであろう。

本作で完全にオリジナルとして加えられている要素は、あることはある。終盤、海岸でシイノが自殺しようとするその瞬間、女子学生がフルフェイスの暴漢に襲われているのを目撃し、シイノはマリコの遺骨をぶつけて暴漢を撃退する(ここは原作そのまま)。人里離れた海岸で唐突に発生するワケ解らない状況の逃亡劇や、この暴漢が以前にシイノからバッグを奪ったひったくりだった点を含めて、原作でもあまりの御都合主義に面食らう展開ではある。そこに映画では、以前にシイノと女子学生が出会っているシーンと、暴漢撃退の後にも女子学生からお礼の手紙を貰うシーンが完全オリジナルで追加されている。

原作では無記名のエキストラのような女子学生について、なぜか存在が大きくなされているのである。マリコもよくシイノ宛ての手紙を書いていたので、それとの対比という狙いのつもりであろうが、結果としては原作における無理筋の御都合主義を更に際立たせてしまっているだけだ。それは本意では無いだろう。

映画オリジナルの部分で最も意図が明確だったのは、駅での別れ際にマキオから貰った駅弁を、シイノが電車に乗るや否や食べ始める短いシーン。車窓の向こうでマキオが「早っ」とボソッと呟くのは笑ったし、食への執着からはシイノが前を向いて未来を生きていくことへの決意が感じ取られる。本来は、このように原作の物語を膨らませていくためのオリジナル要素が、もっと多くあるべきではないか。そうでなければ、映画にする意味が無いのだから。
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