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【邦画】『余命10年』ネタバレ感想レビュー--藤井道人監督の職人気質による手腕が、難病モノに潜む禍々しさを抉りだしていた

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監督:藤井道人/脚本:岡田惠和、渡邉真子/原作:小坂流加
配給:ワーナー・ブラザース映画/上映時間:125分/公開:2022年3月5日
出演:小松菜奈、坂口健太郎、山田裕貴、奈緒、井口理、黒木華、田中哲司、原日出子、リリー・フランキー、松重豊

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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藤井道人監督と言えば、一般的には『新聞記者』『ヤクザと家族』といった社会派の作品を撮るイメージが強い。だが、この2作はスターサンズ配給であり、作中に含まれている主義主張については河村光庸プロデューサーの政治的スタンスの影響が強いと思われる。スターサンズ以外の『青の帰り道』『宇宙で一番あかるい屋根』などは、それほど政治性は強くないわけだし。逆に河村プロデューサーだが藤井監督ではない『茜色に焼かれる』『宮本から君へ』などは、政治性よりも先に監督の作家性が前面に出ていて、プロデューサーの存在感は比較的薄い。

藤井監督は、相手が求めているものを把握して完璧な形に仕上げる能力が、あまりに高過ぎるのではないだろうか。誉めているようだが、河村プロデューサーの自己満足みたいな作品を実直に撮り続けているとなると、その能力も良し悪しである。その能力が遺憾なく発揮できるのは狙いが明確なヒューマンドラマではないかと思っていたところに、大手の配給会社(しかしワーナーだったのは意外)による王道の難病モノの監督作品が公開されたわけである。

劇中で主人公が本を出すことになる出版社の名前が文芸社だったので何事かと思ったが、この映画の原作である小説は文芸社から出版されていたのであった。著者である小坂流加さんは実際に原発性肺高血圧症を発症し、闘病生活を元にした小説『余命10年』を文芸社に持ち込み、自費出版したという。なぜ出版社に持ち込んだのに自費出版なのかは「文芸社」でGoogle検索してください。

原作は未読だが、おそらくは小坂さんの現実の人生とリンクした物語なのだろう。フィクションの部分があるにしても小坂さんの望む何かしらが反映されているわけで、既に亡くなっていることを踏まえれば本人に確認できない状態でのいたずらな改変はしづらい。公に刊行された小説といっても元々は自費出版だし、ちょっと話題が大きくなってしまっただけで本来は趣味の延長程度なのもある。客観的に見ると自分勝手な人が多数登場する酷い話なのだが、経緯が経緯なだけに文句を言うとこちらが悪者にされそうだ。

自分にアプローチしてくる純朴な男に不治の病なのを言わないまま「今の関係のままでいたい」と何年もごまかし続けて、やっと付き合い始めた(この時点で上映時間は半分くらい経っている)にしても自分の病気は治るのだと嘘を続けて、ついに初めて身体を重ねた翌朝に本当のことを打ち明けて「だから、別れましょう」って、これひとつも良い話じゃないんだけど、実際に小坂さんの人生がそうなら、もしくは小坂さんの望んだ人生がそうであれば仕方ない。それに、現実の人生なんて、脚本術の定石通りにはいかないのだ。

なので、本作で注目すべきは脚本ではなく演出だ。本作における藤井監督の真価は、感動ヒューマン系の邦画大作にありがちな要素を(おそらく言われるがままに)ふんだんに取り入れながら、破綻させずに済ませているという職人的な技術にある。たとえば、本作では、まあ何度も登場人物が泣くのだが、シーン単位では難病モノにありがちな泣き演技の過剰さはそれほど感じず、泣くにしてもそのたびにそれなりの理由が付けられている。ただ、それでも回数が多すぎて、結局は過剰なのだが。松重豊にまで涙を流させちゃったら台無しでしょう。

ほかにも、リリー・フランキーのボソッと放った一言が若者の心に響くとか、映画館で幾度となく観た光景である。これもまたシーン単位では抑制された演出なのだが、やっぱり回数が多過ぎる。好きな人への想いがあふれ出して思わず夜の街を駆け回る定番のやつも、もちろんあるし。このようなベタ演出が幾度も繰り返されるため、やたら俗っぽさが際立つ作品になっている。

感動させるのが目的なら通俗的なのは間違っていないし、藤井監督の要望を全て受け入れる能力による賜物である。ただ、そうして出来上がった「通俗の塊」には、禍々しさもまた感じるのである。悲劇のヒロインを引き立てるための小道具のような扱いをされているのが奈緒黒木華など、腹に一物持ってそうな邪悪さを滲ませているようなキャストなのも、なんか怖かったし。

この話に限らず難病モノの根本的な問題として、病気の人が圧倒的な強者になってしまい周囲が「その人のために存在する脇役」に成り下がってしまう点があるのだが、どうも本作は意図せずしてその禍々しさを浮き上がせている瞬間があった。それは、藤井監督の功績と捉えていいのかもしれない。
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