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【邦画】『鈴木さん』ネタバレ感想レビュー--TVで封じられた未婚イジリに堂々と対応する、いとうあさこの本領発揮

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監督&脚本:佐々木想
配給:Incline/上映時間:90分/公開:2022年2月4日
出演:いとうあさこ、佃典彦、大方斐紗子、保永奈緒、宍戸開、イワヲ、松永大輔、中島健、佐野弘樹、別府康子、五味多恵子、仲野元子、魁をとめ、清水直子

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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TVの中には、「未婚の中年女性」なるポジションがある。主に40代以上で実際に独身の女性芸人が多く担い、すでに遠い過去だが、長らく磯野貴理子がトップランナーであった。当時は、磯野貴理子に向かって「結婚してないくせに」と馬鹿にして笑いを取る光景が当たり前に放送されていたものだ。

多様性が叫ばれる現在、未婚を馬鹿にする行為は完全にNGとなった。TVの中の「未婚の中年女性」ポジションは今も存在し続けているが、周囲はそれを受け止めるし自身も卑下する態度は取らず、同じ境遇の人々に向けて新しい生き方を啓蒙する役割に変化しているようだ。その先鋭として阿佐ヶ谷姉妹が革新的なライフスタイルを披露し、一方では大久保佳代子が性的な欲求を隠さないことで、同世代の人々を抑圧から解放しようと奮起している。

現在、そんな「未婚の中年女性」ポジションの中央に鎮座しているのが、いとうあさこ51歳である。いとうあさこは、「未婚の中年女性」として特別目立った行動を起こすわけではない。当初こそ浅倉南の扮装で自身の年齢と引っかけた自虐ネタを披露していたが、最近では「酒の飲み過ぎで、何度も瓶を傾けてたら手首が腱鞘炎になった」「不動産屋の張り紙を見ていて、帰宅しようかと踵を返したら足の筋が切れた」など、身体の衰えをネタにしたエピソードトークが多い。あくまで現象のみを語り、「未婚の中年女性」の哀愁は言外に匂わせて、聞き手の想像力に委ねている。

いとうあさこが「未婚の中年女性」の王道を引き受けているからこそ、阿佐ヶ谷姉妹や大久保佳代子のような派生タイプが活躍できるのだ。しかしまた同時に、かつて定番だった「結婚してないくせに」イジリが封印されている窮屈さも、あるのかもしれない。多様性に向けて価値観が更新されるにつれ、笑芸におけるイジリは減っていくのが道理であるので、それは健全ではあるのだが。

いとうあさこの話が長々と続いてしまったが、映画『鈴木さん』は、そんな彼女が主演のディストピア作品である。現人神の「カミサマ」を国家元首とする某国(でもイオンはある)の小さな町。そこでは、45歳以上の未婚者は市民権を失って町から出ていくか、もしくは徴兵されるしかないという条例が、市民投票によって施行された。ラブホテルを転用した介護施設を運営するよしこ(演:いとうあさこ)は、あと3ヶ月で45歳。町を追放されるリミットは間近に迫っている。

SFではなく、寓話である。なので、小さな町の条例なんだから住民票だけ変えるとかいくらでも抜け道あるだろとか、そもそも町の人口が減るような条例を議会は通さないだろ(介護士なんて貴重な人材だぞ)とか、現実的なツッコミは意味を成さない。まあでも独身税とか言い出す人は現実にいるし、世間の流行や空気を安易に取り込んで支持を得ようとする浅はかな行為は、現実の政治でもある。厚労省のアマビエとか、「うちで踊ろう」動画の安倍晋三とかさ。その辺への皮肉は効いている。

「カミサマ」は、もう20年も国民の前に姿を現していない。町には唐突に国の役員が訪れていて、どうやら誰かを探しているようだ。そんな折、よしこの介護施設に、ホームレス風の男(演:佃典彦)が迷い込んできた。鈴木と名乗る謎の男を最初は警戒するよしこだったが、なぜかバイオリンやオルガンを華麗に弾ける鈴木は老人たちの人気者となり、よしこも介護の手伝いを条件に滞在を許可する。

鈴木の正体が誰なのかは、皆さんの予想通りです。というか、観客にもバレている前提で映画は作られている。それにしても、寓話なので図式的に誇張されているとはいえ、「結婚していない人は非国民」という旧態依然とした設定が当たり前に成立しているのには、(現実に対して)暗澹たる気持ちになる。『ずっと独身でいるつもり?』の時にも思ったが、いまだに「結婚して一人前とする価値観」なんていう低レベルの"敵"と戦わなきゃいけないのか。もちろん現実には完全には払拭されていないからだけど、映画よりも大衆に近いTVの世界では消えかかっている概念なのに。

物語上のメインは、よしこと鈴木が交流する中で互いを思う微妙な変化であり、そこに知らず知らずのうちに国家に扇動されている市民の集団心理が絡み、ピンチを誘発してくる。構成は整理されており、鈴木の正体が最後まで露見されないためやりきれなさが残るラストの展開を含め、抑圧された現実社会への批判精神をひしひしと感じる。ただ、それらを受け止めた上で、それでもいとうあさこの「未婚の中年女性」ポジションによる圧倒的なオーラが全てにおいて勝っているのが、映画『鈴木さん』なのである。

TVでは封じられている未婚イジリが、映画では堂々と受けられるのだ。自身を排除しようとする社会に対する大きな不満と少しばかりの哀愁を兼ね備えた渾身の顔を、スクリーンいっぱいに映し出すいとうあさこ。たいして表情を作らず無言でこれをやるのだから、「未婚の中年女性」ポジションのトップとしての本領発揮である。薄暗い画面と相まって、顔自体が古典芸能の域まで達しているようだ。目の下のクマが素晴らしく効果的である。

しかしこれ、自分に都合の良い仮想空間を創作して、その中で得意げに特技を披露しているとも捉えられるわけなのである。主人公がチートの異世界転生モノと構造は似ている。それ自体はいいのだが、昨今の倫理観では成立できなくなった芸を世に出すために、「結婚していない人は非国民」という旧態依然とした設定を採用したとなれば、本末転倒な気もしないでもない。
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