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【邦画】『AWAKE』ネタバレあり感想レビュー--現実の中で残る"シコリ"を物語の付加によって浄化していく、フィクションの力

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監督&脚本:山田篤宏
配給:キノフィルムズ/上映時間:119分/公開:2020年12月25日
出演:吉沢亮、若葉竜也、落合モトキ、寛一郎、馬場ふみか、川島潤哉、永岡佑、森矢カンナ、中村まこと

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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2015年にインターネット上で生配信された、棋士vsコンピューターの将棋の対局イベントから着想を得たフィクションで、その旨は冒頭の字幕でも示される。まずは実際の顛末を簡単に説明すると、棋士との対戦を控えていた当時最強の将棋ソフトAWAKEは、直前のイベントで致命的な欠陥が発覚する。ある手順通りに駒を動かせば、AWAKEは必ず負ける手を打ってしまうのだ。イベントの規約で、ソフト提出後のプログラム修正はできない。かくして対局では、コンピューターの対戦相手である阿久津主悦八段は、「絶対に勝利する手順」のとおりに駒を打ち、AWAKE開発者は早々に投了を宣言する。

こんな短い概略だけでも、後味の悪さは充分に想像できる。対局後の記者会見の文字起こしを読んでも、開発者が完全にキレていると察せられる。この「電王戦」という名の棋士vsコンピューターのイベントは、その後に2度行われて、両方ともコンピューター(AWAKEとは別)が勝った段階で以降は行われていない。想像だが、将棋界にとってAWAKEの敗北は、シコリのようにもやもやしたものとして今も残り続けているのではないだろうか。

そこで、映画『AWAKE』である。何かしらの枷となっている現実に対して、創造された物語を付随させることで、ある種の浄化とする。それはフィクションが担う役割のひとつではあるが、つい数年前の小さな出来事に対して行うことは、邦画では珍しい。アメリカとかだと、たとえば『アイ、トーニャ』では実名で出ている人物にも許可を取ってなかったりするが、日本だとそうもいかないし。本作でも、主人公のモデルであるAWAKE開発者は既に将棋ソフトの開発から身を引いていて、なかなか連絡が取れなかったらしい。

プロ棋士を目指して12歳の時に奨励会に入会した清田英一(演:吉沢亮)だが、同時に入会していた同世代の天才棋士・浅川陸(演:若葉竜也)に、自らの奇策を上回る一手を打たれて決定的な敗北を喫する。それをきっかけに棋士への夢を諦めた清田は、21歳で大学に進学して人工知能研究会に入り、先輩の磯野達也(落合モトキ)の助力もあって史上最強の将棋ソフト・AWAKEの開発に成功する。

清田の経歴は、実際のAWAKE開発者とよく似ているのだが、後にAWAKEと対戦することになる棋士・浅川陸は、架空の人物と言っていい。現実のほうで対戦する棋士・阿久津主悦は、AWAKE開発者より5歳年上であり、直接の絡みはほとんどないらしいので。この2人を奨励会で共に切磋琢磨してきた旧友に設定したのが、本作における最大のフィクションである。

実は、メインの吉沢亮と若葉竜也に関しては、ほとんど演技らしい演技をしていない。将棋なので派手な動きもなければ、どちらも大人しく控えめな性格設定なのでセリフも少ない(そこを強調するために落合トモキが喋りまくる)。かといって視線や唇の動きなど微妙な変化で心象を表していると言い切れるほどでもなく、基本的に役者の佇まいをカメラに収めるだけで、あとは観客に解釈を任せている感じだ。将棋だからこそ許される表現方法かもしれない。

それもあって、清田も浅川も、劇中でそれほど内面が説明されない。しかも、清田が奨励会を去ってから対局までの間は、2人が会話するシーンが、ほとんど無いに等しい。周囲の外野が勝手に2人の内面を想像するのみで、視点は常に第三者的だ。2人をよく知る先輩棋士が、対局後に座りのいい結論を述べるが、それもまた「と、語った」でしかないと強調される。

つまり自然と、劇中での登場人物の内面は、観客の想像力に委ねられる。そうして各々の観客の脳内にできあがったものは、清田と浅川の関係性という虚構面を取り除いたとしても無効化されるわけではなく、現実をも覆うことにもなる。それによって、現実の対局によって発生していたシコリも、ある種の浄化へと繋がっていく。それこそが本作の最大の存在意義であり、たしかに目的を達成している。

脚本・演出上で気になる点はいくつもあるが(対局シーンで決定打となる2八角が何手目なのかは先に教えてほしい、など)、創造された物語の付加によって現実を更新していく点で、かくもフィクションの効力を見せつけた作品である。それにしても、配給のキノフィルムズが手掛けた作品群を改めて見返してみると、なんだか"邦画の良心"と称したくもなるラインナップだ。黒木瞳への過剰な贔屓さえ無ければ。
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