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【邦画】『美男ペコパンと悪魔』ネタバレあり感想レビュー--ユーゴーの小説を「ダークファンタジー」と捉えているのが致命的


監督&脚本:松田圭太/原作:ビクトル=マリー・ユーゴー
配給:アイエスフィールド/上映時間:99分/公開:2023年6月2日
出演:阿久津仁愛、下尾みう、遠藤健慎、梅宮万紗子、橘ふみ、井阪郁巳、桝田幸希、梅村実礼、希志真ロイ、佐藤考哲、逢澤みちる、岡崎二朗、堀田眞三、吉田メタル

 

注意:文中で終盤の内容に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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原作ヴィクトル・ユーゴーである。出演者の固定ファンのみに向けた低予算の邦画では、著作権の切れた文豪の作品を原作にすることはたまにあるが、そう来たか。公式サイトによると、ユーゴーの小説『美男ペコパンと悪魔』《幻想的かつ冒険的な内容のため「映像化は不可能」と言われ、これほどまでにCG技術が発達した現在において一度も映画化されたことはない》そうだ。たぶん、映画化されていない理由はCG技術が追いついていないからじゃないと思うけど。なお、この映画におけるCGのクオリティについては、昆虫の化け物みたいなやつとの格闘シーンはけっこう頑張っていたけれど、あとは『ポケモンGO』のARみたいな鳥が飛んでいたりとか、そんな感じでした。

青木隼人(演:阿久津仁愛)と太田亜美(演:下尾みう)は、絶賛ラブラブ中の高校生カップルで、その日も立川でデートを楽しんでいた。しかし翌週の花火デートの予定を忘れていた隼人に対して亜美は呆れ返り、それまでのラブラブぶりは何だったというほど急に不機嫌になって先に帰ってしまう。だが、隼人は追いかけてこないしLINEを送っても既読にならないので、気になる亜美。次の日、隼人ママから連絡が来て、実はあの後に隼人は亜美を追って道路に飛び出し、トラックに轢かれていたのだと知らされる。

外傷は全く無いが頭を強く打って目が覚めないという都合の良すぎる状態で病院のベッドで寝ている隼人(せめて頭に包帯を巻くくらいすればいいのに)。病室で目が覚めるのを待ちつつ、隼人が持っていたユーゴーの小説『美男ペコパンと悪魔』を読み始める亜美。隼人は、以前に亜美に薦められた『レ・ミゼラブル』が面白かったからと同じ作者の小説を図書館で借りていたのだ。後に、亜美と出会う前の隼人は警察や学校から何度も呼び出されるほど荒れていたと明かされるのだが、偏見があるとはいえ、そんな不良少年がいきなりユーゴーを読めるってすごいな。

ここで舞台は中世ヨーロッパに移る。ゾンネック城の城主・ペコパン(演:阿久津仁愛 2役)は、ファンケンブルク城の娘・ボールドゥール(演:下尾みう 2役)と相思相愛の仲。婚礼を3日後に控えたある日、狩りの腕前を宮中伯に認められ、ちょっと行って欲しいところがあると頼まれる。そうして、行く先々で「あそこへ行ってくれ」と頼まれて世界中を巡っているうちに5年が経っていた。ここまではプロローグなんだが、それにしたって直立した2人の人間が説明的な会話をするだけのシーンが繰り返されるのみなので、ちょっとアバンギャルドですらある。

昏睡状態の恋人が目覚めるのを待つ「現代パート」と、読んでいる本の中身という体の「中世パート」が並行して語られるわけである。通常このパターンであれば、徐々に2つの世界がリンクしていき、完全に繋がった時に奇跡的な出来事が起こるのが、最もベターな展開だ。でもこれ、先に言ってしまうが、そんな誰しもが思うであろう当然の帰結にならないのだから驚く

さて、あっちこっちたらい回しにされた挙句、バグダードのカリフの元を訪れていたペコパン。そこでカリフの嫁から迫られ一夜の過ちを犯してしまう。こっそり見ていたカリフの怒りを買い、城の屋上から突き落とされるペコパン。と、そこでボールドゥールから貰っていたトルコ石のペンダントが光り出し、ペコパンの身体は墜落する直前で宙に浮き。そして一晩ずっと空を飛んでいくのだ。なお、突き落とされてから空を飛んでいくまではアニメーションで処理されていて、ここは実写CGを使わないのかと

翌朝、どっかの海岸。悪魔アスモデ(演:吉田メタル)が、人間の魂が詰まった袋を冥界まで運ぼうとしているが、重くて持ち上がらない。そこへ唐突に天使の少女が現れ、「この後すぐ空から人間が落ちてきて、その人にしか袋は運べない」と予言をして去っていく。そんな馬鹿げたことがあるかと思った矢先、空からペコパンが落ちてくる。天使の予言は本当だったと悟った悪魔は、しがない商人のふりをしてペコパンに袋を運んでくれないかと頼む。ペコパンが袋を持ち上げようとしたところ、冥界の入口(たぶん)が空から現れる。咄嗟にペコパンは袋を切り裂き、中から飛び出した魂が悪魔の体内に入り込む。

悪魔は「何てことを〜!」と叫んでいたが、このシーンの一連は全体を通して意味不明で困惑する。ペコパンが袋を切り裂く理由も解らないし、悪魔の体内に魂が入り込んだらどうなってしまうのかとか、何も教えてくれないので。なお、この映画ではほぼ唯一、吉田メタルだけが一応ちゃんと演技をしていた。あとの人たちは、基本的に説明的なセリフをただ読み上げているだけだから。無理やり中世ヨーロッパだと言い張っているのも相まって、なんかお遊戯感が強い。スタッフの欄に「演出」がいないからなあ。

インドのさらに南の崖(どこだそこ?)で昆虫の化け物みたいな何かとバトった後、ペコパンは森の中で迷い込む。ナレーションで「もはや疑う余地はありません。ここは迷いの森です」と、初耳のことを皆さんご存知でしょうがみたいな感じで教えてくれる。そこへいきなり騎士が現れて「狩りを手伝ってくれたら森から出してやる」と言われて、巨大なカモシカみたいな化け物を仕留めて、強引な展開で冥界の王みたいなやつと戦う流れになって、なんだかんだで迷いの森を抜けて、ペコパンは気がつくとゾンネック城の近くにいた。

そこで再会した悪魔(ちなみに、迷いの森で出会った騎士は、この悪魔の変装)から、最悪の結末が待っているぞと脅される。しかしボールドゥールが死んだわけでも、別の男と婚約したわけでもないという。ならば問題ないと城に向かうと、そこには1人の老女がいた。誰なんだこれはと城を飛び出して悪魔に問うと、なんと迷いの森での一晩は100年に相当するのだという。だとするとボールドゥールは120歳くらいのはずだが、下尾みうの老けメイクでは、とてもそうは見えない。あと、根本的な疑問として、悪魔は何がしたいんだ。

ここで、舞台は現代の立川に戻る。いや、劇中では何度か現代パートは挟まれていたんだけど、2人の出会いとか喧嘩した時のこととか振り返っていただけで、中世パートと話がリンクしているわけでも無いので省略しました。病室でユーゴーを読んでいた亜美が、ふと顔を見上げると、ベッドの脇に天使が立っている。天使はすぐに姿を消し、その直後、隼人が目を覚ます。

「隼人が目覚める直前、天使が立っていたんだよ」と亜美が言うと、「あ、夢の中でその天使に会っていたかも」と返す隼人。えっと、中世パートではペコパンと天使は出会ってないよね。てことは、中世パートは隼人の見ていた夢ですら無いってことだよね。中世パートのほうも別にエンディングが用意されているし、並行していた2つの話が一切交わらずに関係ないまま終わるのだ。いやこれ、逆に斬新じゃないか。

※ 一応、天使とか立川の露店でトルコ石のペンダントを売っているとか、2つの話をリンクさせようとしている節はあるのだが、それがどういう意味なのか解釈しようがない。

そもそも、フランス・ロマン主義を代表する著者による文学作品を「ダークファンタジー」(公式サイトより)と捉えているのが致命的なのである。これはジャンル小説ではなく純文学なのだから、重要なのは、恋人から引き離されて理不尽な冒険をさせられているペコパンの胸の内であろう。いくらCGを駆使して話の筋を映像で再現し、劇中2度ある格闘シーンをかっこよく撮ったところで、表層をなぞっているだけでは本質には辿り着けない。悪魔も昆虫の化け物も迷いの森も、ペコパンを不条理な目に合わせて情緒を駆り立てるための道具でしかないのだから。そして、2つの話を並行させて徐々に重なっていく手法を用いれば、ユーゴーの文学的な意図を解体&再構築することも可能だったはずなのである。それが本当に勿体無い。

なお、ロケハンは意外にも悪くはなく、制作の予算や規模を鑑みたうえでだが、ギリギリ中世のヨーロッパや中東だと思い込める程度には仕上がっていた。まあ、海岸はさすがに日本にしか見えなかったものの、舞台のほとんどが城の中か森か洞窟で、街とか一切出てこないのもあり、背景だけならそれほど違和感は覚えない。この点に関しては実写映画『鋼の錬金術師』を上回っている。

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