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【邦画】『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』ネタバレあり感想レビュー--大きな嘘をつくためには綿密な下地づくりが大事なのだが


監督:入江悠/脚本:秦建日彦
配給:ワーナー・ブラザーズ映画/上映時間:99分/公開:2023年3月30日
出演:広瀬すず、櫻井翔、勝地涼、中村蒼、富田望生、大島優子、上田竜也、奥平大兼、加藤諒、南野陽子、橋本環奈、真木よう子、笹野高史、佐藤浩市、江口洋介

 

注意:文中で終盤の内容に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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この映画、本当に意味が解らない。ドラマ版を全く知らないのが理由ではないだろう。一応、おおよその設定くらいは、映画だけでも把握できるので。横浜にある探偵事務所ネメシスの助手・美神アンナ(演:広瀬すず)は、世界初のゲノム編集によって生まれた人間で、そのせいなのかラジオ体操みたいな変な動きをすると自分の過去の体験を脳内にて寸分たがわず再現できる。めちゃくちゃ記憶力が良いってことか。劇中では、あんまり使ってなかったけど。

アンナは、出生に関する研究データを亡くなった両親から渡されている。ゲノム編集によって理想的な人間を故意に作ることが可能になると悪用される危険があるので、アンナはデータを半分に分けて、一方はペンダントにして肌身離さず持ち歩き、もう一方はどこかに隠し、盗まれないように対策している。たぶん、ここら辺までがドラマから引き継がれている設定と思われる。

アンナは、とあるマンションに引っ越してから、悪夢を見るようになっていた。暗い室内で椅子に縛り付けられ、目の前には同じ状況のネメシスCEO・栗田一秋(演:江口洋介)がいる。そこにネメシス探偵・風真尚希(演:櫻井翔)が現れ、データを渡せと手を出してくる(縛られてるのに・・・)。風真は乱暴にアンナのペンダントを毟り取ると、「もう半分も渡しておけばよかったのに」みたいなことを言いながら、栗田の首をハサミで刺して殺す。そこで目が覚める。

仲間であるはずの風真が栗田を殺す悪夢を毎晩見ているせいで憂鬱なアンナに、窓(演:佐藤浩市)と称する男が接触してくる。窓が「大切な人がどんどん死にますよ」と言うと、アンナの目の前で知人の警察官たちの乗った車にトラックに激突して、彼らは即死。その後、ネメシスに協力するAI開発者・姫川(演:奥平大兼)が、風真と栗田とともにオープンテラスで仕事の話をしていると、コーヒーを飲んだ瞬間に倒れる。さらに、横浜のあちこちでネメシスの協力者やアンナの友人が次々と死んでいった。と、そこで目を覚ますアンナ。

これがまず意味不明なのは、最初の警察官の事故ともうひとつを除いて、姫川など協力者たちが死んだ瞬間にアンナは立ち会っていないんだよ。アンナの夢の中なのにアンナがいないって、そんな三人称視点の夢ある? また、夢の中では「路上で警察官の事故を目撃する」「事務所で犬が誘拐された依頼人と会う」「オープンテラスで姫川が死ぬ」という3つのシーンがあるのだが、ここでの時間経過も曖昧にされている。普通に考えると、各シーンの間に1日くらい経過しているようだが、その間もずっと夢なのか?

※ あと、事務所で依頼人と会うシーンが夢の中だとすると、後々で辻褄が合わなくなるけど、そういうのを指摘し始めるとキリがなくなる。

ここからネタバレ込みで駆け足で説明する。アンナの引っ越してきたマンションには、実は壁の裏に巨大な装置が仕掛けられていた。この装置は、寝ている人に電波か何かを送ることで意図した夢を自由に見させることができるのだ。探偵事務所への依頼を無くして金欠にさせることでアンナに安いところへの引っ越しを考えさせたうえで、不動産会社をでっち上げて接触して家賃が1年間タダの怪しすぎる物件紹介していたのだという。これらすべて、世界中の大富豪たちが窓に依頼して仕掛けた罠だったのだ。

いや、もちろん、リアリティ面での文句を言う気は無いよ。他人に思い通りの夢を見させる100億円の装置があってもいいし、一人を騙すためだけに不動産会社の店舗を一から作るのもいい。『コンフィデンスマンJP』も似たようなことやっていたし、ひたすらスケールを大きくした現実味ゼロのハッタリは、邦画のエンタメ大作では珍しくない。バカバカしい嘘もまた、それ自体は楽しいものだ。

だけどこれ、窓の本来の目的って、アンナの持っているデータを奪うことだよね。ペンダントなんて奪えばいいし、隠しているもう半分もアンナを拉致して拷問にかけて聞き出せばいいだけじゃん。悪夢を見させて脅迫するって、手間をかけ過ぎじゃないか。大きな嘘をつくための下地作りが何もなされていないから、こういう変なことになる。

大切な人が次々と死ぬ悪夢をアンナに見させておいて、その通りに現実でも人が死んでいくようにするのが、窓の計画。その状況によりアンナを精神的に追い詰めて「データを渡すから、もう殺すのはやめて」って言い出すのを待つ周りくどい計画らしい。でも、どこで誰がどのように死ぬのかアンナは既に夢で見ていて知っているのだから、簡単に対策を立てられるわけで、先回りして危機を回避するようになる。

しかも、悪夢の中で友人たちが死ぬ場所を線で繋いでいくと、黄金螺旋の図になるのだ。そしてその中心には、窓のアジトがある。黄金螺旋って、いくら進んでも中心には絶対に辿り着けない図のはずなんだけど。それはいいとしても、何でそんな、相手に居場所を教えるような仕掛けをわざわざ施しているのかが解らない。本当に何がしたいんだ、窓。

アジトの用心棒がまさかの伊澤彩織で、加藤諒相手にも迫力ある肉体バトルを見せてくれるのはさすがだが、そこに至るまでの経過が無理くりなので、物語上の盛り上がりとは分離している。さらにアジトには巨大な地下空間があって、そこはバーチャル技術により様々な場所にいるように体感できる。あっちこっちと場所が切り替わる中で、アンナらと窓の臣下が肉体バトルを繰り広げる。ハリウッドのマルチバース描写には遠く及ばず安っぽさはあるが、映像そのものはそれなりに面白くはある。でも、何のために、アジトの地下にそんな大掛かりなバーチャル施設を作っているの?

やりたい設定(悪夢が現実になる)だったり、見せたいシーン(バーチャル空間での肉体バトル)だったりが先立っているのだが、それらを成立させるための物語が脆弱で出来上がっていない。それは、昔から映画ではありがちな失敗ではあるのだけれど、ここまで物語と見せ場のシーンが乖離しているのは珍しいかもしれない。テレビドラマの劇場版でも、最近はちゃんとしている作品が多いのに。

ちなみに、この映画は完全に広瀬すずが主人公で、櫻井翔は相手役ですらなく物語上もまったく重要ではない脇役だったのが、一番驚いた。ジャニーズ事務所の中でもトップレベルのタレントがこういう扱いをされている辺り、時代が変わったのだなとしみじみ思った。

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