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【邦画】『炎上シンデレラ』感想レビュー--「思考は現実化する」その先に現れる取っ散らかった歪な世界


監督&脚本:尾崎将也
配給:キャンター/上映時間:113分/公開:2022年11月04日
出演:田中芽衣、飯島寛騎、比佐仁、見里瑞穂、佐々木史帆、芳村宗治郎、南ユリカ、佐伯紅緒、大河内健太郎

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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2022年11月11日、この日から日本全国のシネコンは『すずめの戸締まり』にジャックされた。ひとつのシネコンで1日に20回以上も上映させる東宝の力技(昨今は映画館の立場がそれほど強くなく、大手配給の言いなりにならざるを得ないらしい)には賛否が巻き起こっている。そんな中、池袋シネコン御三家の一角(その割には存在が知られていないが)を担う池袋HUMAXシネマズは、すずめジャック自体は免れることができなかったものの、公開2週目で全く話題になっておらず有名な役者が誰も出ていない邦画『炎上シンデレラ』を引き続き上映しているのである。

配給との契約など諸々の事情はあるだろうが、1日1回とはいえ、どう考えたって採算の取れないであろう謎の邦画にスクリーンを与えているのだ。その心意気や良しと、あえてすずめ公開日に観に行ったら、観客はボクひとりであった。ボクが行かなければ上映する手間が省けたかもしれず、ボクだけに喋りかけてくる夜子・バーバンク(池袋HUMAXシネマズと専属契約しているVチューバー)を見ながら、スタッフに対して申し訳ない気持ちになった。ちなみに池袋HUMAXシネマズのB1階ロビーでは2年くらい前に公開した『電車を止めるな!』(銚子電鉄が制作した謎の映画)のグッズが未だに売られていて、つくづく変な映画館である。

新進女優のみつほ(演:田中芽衣)は、主演映画の撮影中に大麻パーティーの参加というスキャンダルが発覚し、降板して芸能事務所も辞めてしまう。その映画でメイキング撮影を担当していた田代(演:飯島寛騎)は、1年後にたまたまみつほと再会する。みつほ主演で映画を撮りたいと頼む田代だが、その場にいた劇団を主宰する山倉(演:大河内健太郎)が無遠慮に割り込んできて、みつほを次の公演の主演にすると半ば強引に話を進め、田代はその公演のメイキング撮影をすることになる。

正直に言って、かなり取っ散らかった話である。映画の中盤は舞台稽古など劇団内での様子が主だが、シーン単位で捉えると、なぜそのシーンがそこにあるのか意図が見えづらい。たとえば、心霊動画をYouTubeに上げようとするも、山倉の不手際でロケ場所の管理人から怒られ退散するシーン。まったく本筋と関係ない脇の男女の会話を含め、あれは何のためにあったのか。

出演者のインタビューなどによると、本作はリハーサルを繰り返す中で脚本をどんどん変えていったらしい。その中で、みつほをよりミステリアスにするために、セリフを大幅に削除したり追加したりしたという。想像だが、これ当初の脚本では、みつほを解りやすくファムファタル(魔性の女)のような存在にして、周囲の人間が翻弄され狂っていく話だったのではないだろうか。

みつほに付きまとうDJ男を田代と山倉が退散させるシーンなんかは、見方によれば「自分に惚れている男たちを都合よく動かしている女」と言えなくもないし。他にも、ちょっと脚本をいじれば、大麻パーティーの参加や田代との再会などは、みつほが裏で糸を引いていたという風にできそうだ。だが、完成された映画からは、みつほが暗躍しているはっきりとした証拠は見つけることができない。みつほをミステリアスにする行為は、物語の軸となる存在を不明瞭にするのと同じなのだから、取っ散らかるのは当然ではある。

みつほに言い寄っているかのような態度の劇団員の若い男が、みつほと一緒に帰った翌日、足を骨折して物語から退場する。このエピソードからはみつほに対する不穏なヤバさを予感させるのだが、中盤で「方向が同じなので一緒に帰っていたら前の彼女と出くわして言い争いになって石階段の上から突き落とされた」と、みつほが田代に明かす。ご丁寧にその時の回想シーンが挿入されるが、その直後に「今のは嘘かもしれない」とみつほは言う。本作においては、撮影された映像ですら真実かどうか疑わしいのだ。

みつほの真のヤバさは、ファムファタル性ではない。言動や思考に何ひとつはっきりと理解できるものがない、本当と嘘が混濁した曖昧な存在なのがヤバいのである。本作が取っ散らかっているのも、「みつほが関わっているとすればはっきり理解できるのに」という意図の不明瞭なエピソードが無数にあり、それらが積み重なることで秩序が壊されているからだ。本作の印象的なセリフ「思考は現実化する」の如く、曖昧で何を真実か解らないみつほの存在が、劇中における現実を混濁させていく。

終盤、みつほは急に映画での復帰が決まり、ずっと準備していた公演は中止となる。田代は山倉に「ちゃんと向き合ってないから引き止められないんだ」的なことを叱責され、みつほを追いかけるが、見失ってしまう。ロングショットの撮影や劇伴などから判断しても、この見失いが2人の永遠の別れだと普通は思う。だがそのすぐ後、田代はみつほから呼び出され、カフェのテーブル席で向き合って座っている。

この呼び出されて以降のシーンは、すべて田代の妄想ではないだろうか。いや、ボクの勝手な解釈ではあるのだが、ここから先は話の辻褄に相当な無理が生じていると同時に、妙に象徴性を帯びてくるのは確かである。まず、カフェにいきなり山倉がやってきて、「ちょっと預かっててくれ」と300万円の札束をみつほに渡すところからして不条理劇のようだし。その時ちょうど席を外していた田代が戻ると、みつほは「山倉さんが、300万円を預けるから使ってくれって」と言う。みつほが明らかに嘘をつく初めての瞬間であり、これまでと趣が異なるのも引っかかる。

300万円を元手にみつほ主演で映画のパイロット版を撮る田代。その撮影現場に山倉の借金取りが現れ「映画なんてくだらないんだよ」と田代を殴りつけるが、田代は「くだらなくない」と言い返す。その応酬が数回続いた後、みつほが後ろから小道具の剣で借金取りを殴りつける。その勢いで借金取りは床にあった穴へと転落する。

説明するまでもなく本作のテーマ性を帯びた象徴的な展開であり、すべては田代の脳内で起こっているとするほうが自然ですらある。いや、ある意味では、これも現実か。みつほを失ったことで初めて、田代もまた「思考は現実化する」に成功したと捉えることもできるのだから。そしてそんな田代によって作られた現実もまた、無秩序に歪で取っ散らかっている。ごく少数の誰かしらの思考のせいで全国の映画館が同じ映画を一日に何十回も上映するほど取っ散らかった、我々のいる現実と同じように。
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【お知らせ】

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文学フリマ東京35(2022/11/20) | 文学フリマ

・2022/12/31 「コミックマーケット101」の2日目にサークル参加します。場所は「東ペ28a」です。

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