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【邦画】『線は、僕を描く』感想レビュー--まっとうな青春物語と水墨画とは何ぞやという芸術論が並行する傑作だが、同時に味気なさもある


監督:小泉徳宏/脚本:小泉徳宏、片岡翔/原作:砥上裕將
配給:東宝/上映時間:106分/公開:2022年10月21日
出演:横浜流星、清原果耶、田佳央太、河合優実、矢島健一、夙川アトム、井上想良、富田靖子、江口洋介、三浦友和

 

注意:文中でラストの展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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原作小説がメフィスト賞受賞作と知った時は「え、これ、ミステリなの?」と驚いたが、実はメフィスト賞はエンタテインメント全般が対象で、砥上裕將小説『線は、僕を描く』は、暗い過去を抱える大学生が水墨画と出会うことで人間的に成長するという青春物語であった。別に、変な形の建物で起こる密室殺人を変な名前の探偵が解決する話ではない。

 

主人公の青山霜介(演:横浜流星)は、何に対しても興味を持てず、法学部だが弁護士にも「なれない」ではなく「ならない」という空っぽな大学生。とある水墨画イベントの設営アルバイトに駆り出され、控室で弁当を食べようとしていると、謎のお爺さんから声をかけられる。実はその人物こそ水墨画の大家・篠田湖山(演:三浦友和)であり、まったくの素人である青山に「弟子にならないか」と持ち掛けてくるのであった。

湖山の真意は解らないまま自宅に呼ばれ、ひたすら墨を磨らされたり蘭の花を何度も描かされる青山。湖山の孫であるが折り合いの悪い千瑛(演:清原果耶)からは「お爺さんが急に弟子を取ったのは私への当てつけ」と、青山に対しても敵意を剥き出しにする(と思ったが、原作とは違い映画ではすぐに解消される)。練習した半紙が自室の床を覆いつくし「サイコパスかよ」と言われるほど練習を重ねた青山は、湖山から「悪くない」という評価を貰うが、その先の「自分だけ」の作品にすることができない、実はこれは、千瑛がずっと悩んでいたことと同じであった。

ここから先は簡潔に結論だけ述べるが、青山は家族の死と真正面に向き合う行為により、自分だけの水墨画を描くことに成功し、人間的にも成長してめでたしめでたしとなる。そんな青山の姿に千瑛も影響されて、これまた自分の殻を破ることに成功する。過去と向き合うことと、他者に影響を与えることの2つをもって成長とするあたり、きわめて真っ当な青春物語である。

見方によれば「天才が自分の才能に気づく話」と言えなくもない。だが物語の主題は「なぜ、青山に水墨画の才能があるのか」という理由のほうであり、その理由が明かされると同時に「水墨画とは描く者の内面を表現するものだ」と結論も導かれる。タイトルの『線は、僕を描く』も、そういう意味だ。原作の著者である砥上裕將は大学生の時にイベントで出会った水墨画を現在も続けており、あくまで登場人物ではなく水墨画そのものを真の主人公としている。

芸術全般において、作者の心の内を外側に放出して表現するという内的な側面はある。個人的には、内的なものよりも外的なメッセージ性を帯びた芸術作品に惹かれるのだけれど。まあ、水墨画による戦争批判とか難しそうなので、本作における芸術論を、作者の内面を表現するための手段という一点に絞るのは正しいのかもしれない。

主人公が水墨画を上達させていく過程と人間的に成長する過程を常にリンクさせることで魅力的な物語を紡いでいると同時に、説得力のある芸術論が物語と並行して連なっているというメッセージ性もある。そんな高度な企みをあっさりとやってのけて見せているのには感服するばかりであり、それだけで本作が制作された意義は充分すぎるほどだ。ただ、映画を観た時に、小説と比べてなぜか物足りなく感じてしまった。その理由は何だったのか。

小説は完全に青山の視点のみで書かれている。そしてここが重要なのだが、肝心の水墨画そのものは本の中に画像として登場はしない。すべての水墨画は青山の心の声もしくは誰かしらの発言によって説明される。この線はどういう意味か、この濃淡には作者のどんな内面が現れているか、すべては言葉で教えられ、そこから読者は想像力を働かせて、作中に登場する水墨画を頭の中に描く。

だが、当然ではあるが、映画では水墨画そのものを観客に見せる。さすがに素人である青山の初期の絵と練習を重ねた後の「悪くない」と評される絵の違いは、門外漢の観客にも理解できる。しかし、「悪くない」絵と、展覧会で新人賞を取るほどの絵の違いは、素人には解らない。そこに説得力を持たせるのが小泉徳宏監督の手腕だが、どうにも今回は遠慮がちなようなのである。

小泉監督といえば、『ちはやふる』シリーズで見せた大胆でアクロバティックな撮影手法の数々など、技巧的な映像表現では他の追随を許さない気鋭である。だが今回は全体的におとなしすぎる。想像するに、激しく動きのある題材であれば小泉監督のセンスも光るのだが、水墨画のように制作過程に端麗な静けさが伴う場合は、うまく実力が発揮できなかったのかもしれない。一応、『ちはやふる』と同じように床を透明に見立てて真下から撮影するとかやっているけど、どうにも面白みに繋がらない。

唯一の例外が、江口洋介が巨大な龍の水墨画を描くシーンで、ここはダイナミックな迫力に満ち溢れていた。墨が想定外に飛び散って「あっ」と小さく言ってからの、シャツを脱いで筆の代わりにするあたりとか最高だったし。しかしここ、物語上はサブの部分なので、本来はこれを超える青山による水墨画制作シーンがあってしかるべきなのであるが。やっぱり、少なくとも青山がラストに完成させる椿の画は、千瑛とのカットバックによるダイジェストではなく制作過程をじっくりと見せるべきじゃなかったかなあ。

それに関連する件で、青山と千瑛が互いに影響され高め合っていく過程は、原作では物語上の中心のひとつであったが、実は映画ではそれほど重きを置いていない(千瑛のほうは、内面には深く踏み込んでいない)。それ自体はプロット段階での判断なのでいいのだが、それにしてはシーン単位だと急に2人の関係が強くなったりするのがアンバランスでぎこちない印象を受けた。原作では重要なターニングポイントである、青山の擦った墨で千瑛が絵を描くシーンとか、観たかったし。
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