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【邦画】『モエカレはオレンジ色』ネタバレ感想レビュー--トラブルを極力排除した平穏な恋愛模様が嘱望されているのかもしれない


監督:村上正典/脚本:山岡潤平/原作:玉島ノン
配給:松竹/上映時間:97分/公開:2022年7月8日
出演:岩本照、生見愛瑠、鈴木仁、上杉柊平、浮所飛貴、古川雄大、藤原大祐、永瀬莉子、高月彩良、晴瑠、笛木優子

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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本作『モエカレはオレンジ色』の予告映像を最初に観た時に思ったのが、はたして生見愛瑠(めるる)に女子高校生の役はできるのかという疑問であった。もっともこれに関しては、バラエティ番組でのめるるのイメージに引っ張られていたし、身近に現役の高校生がいないのでリアリティが解らないというボク個人の問題ではある。めるるの実年齢は20歳(※ 公開日時点 以下同様)なので、別に高校3年生を演じるのには不自然ではない。

実際のところ、制服を着て教室にいる分には、高校生として違和感は無かった。私服の時は、やっぱり20歳だったけど。めるるの相手役の岩本照は実年齢29歳だが、見た目は年齢不詳のところがあるので、2人が並んでいても年齢が離れているようには感じない。岩本照は役柄上でもおそらく20代後半の設定(就職して7年目)であり、めるるとは10歳程度の年の差カップルと思われるが、岩本照と同期の鈴木仁の実年齢が22歳だったりするので、この劇中世界は年齢に関して非常にアバウトである。

現代の日本において、成年男性が未成年女性と恋愛関係になるのは、社会から抹殺されるほどの禁忌となっている。そのためフィクションの世界でも、未成年女性から一方的に恋心を抱かれることは、男性側からすれば避けることのできない恐怖として描写されるようになった。『恋は雨上がりのように』とか、最近では『愛がなんだ』とか、ある種のホラーと捉えても秀逸な作品に仕上がっている。

本作は女子高校生が社会人である消防士の男性に恋をする話だが、登場人物の設定上の年齢と役者の実年齢や見た目がずらされているせいで、成年と未成年の恋愛からくる危うさは極力存在しないものとされている。風邪を引いためるるの見舞いのために岩本照が自宅を訪れ、そこでめるるの母親(笛木優子)と出会う場面がある。未成年との恋愛においてその親の存在は大きな脅威となるのが通常だが、笛木優子はすでにめるるから全て説明を受けて了承しているし、岩本照は「卒業するまでは付き合わない」と分別ある大人としての宣言をする。この話、年齢差は恋愛上のトラブルとして扱わないよう綿密に配慮されている。

さて本作、とにかく展開が速いというか、エピソードを大量に詰め込んでいる。漫画原作だとそうなりがちではあるのだが、それにしたってダイジェストのように目まぐるしく場面が変わる。まず避難訓練中の高校の屋上でめるると消防士の岩本照が初対面し、その次のスーパーマーケットのシーンで偶然の再会をする。ここまでがアバンタイトル。その直後のシーンでめるるが放火魔に廃屋に閉じ込められて火を付けられ、駆け付けた岩本照に助けられる。

映画が始まって10分程度で、すでに3回も「偶然の出会い」をしているのだ。この後は消防署での訓練見学、河原でのバーベキュー、めるるの誕生日会と場面が次から次へと変わり、前半約45分の間に大きなエピソードが計6つも詰め込まれている。その間にはスポーツジムや風邪の看病といった小さなエピソードも挟まるので、もうギュウギュウ。隙間が無いのでエピソードの余韻に浸る余裕もない。

このようなエピソードの羅列の中で、片思いから告白して一応の両想いになって抱き合うまでがハイスピードで展開されていく。ついでに、親友との喧嘩から仲直りまでのサブエピソードもちゃっちゃと済まされる。これは原作では何話にも渡って描かれている展開を短い尺に収めようとしたからと思われるが、これのせいで恋愛の初期における不安定な状態を観客が追体験する間が無いのである。

この傾向は、後半になると更に目立つ。映画のターニングポイントとして、岩本照の消防学校時代の同期である鈴木仁が赴任してくる。一方のめるるは、岩本照に内緒で救命救急士になるための勉強を始める。めるると図書館で偶然出会った(それにしても、やたらと偶然出会う映画である)ためにそのことを知った鈴木仁は、勉強を教えるようになる。そうしてこっそりと会っているのを目撃され、まさか恋のライバルかと岩本照は不安になる。

恋愛モノの王道にして醍醐味である「相手のために内緒にしていることがあるせいで、相手からは別の人を好きになったのかと誤解をされる」という例のやつである。互いの内心が相手に正確に伝わっていないがゆえのコミュニケーションのもつれが恋愛ドラマを盛り上げるのだ。と思いきや、すぐにめるるは岩本照に全てを説明するので、誤解されたままの期間は非常に短い。またもや、恋愛における不安定な状態はすぐに解消される。

めるるの気持ちを知った後、岩本照は「救命救急士はダメだ!」と理由も言わずに怒るのだが、それもかつての恋人が救命救急士だったけどそのせいで死んだからと判明(ここで回想が挟まるが、別に救急士だから事故に遭ったわけじゃないような・・・)し、それもまたすぐにめるるに伝えられる。恋愛においてコミュニケーションのもつれは忌避すべき絶対悪かのように、誤解やすれ違いは発生してもハイスピードで解消される。

冒頭に述べた年齢差を感じさせない配役とも通じるのだが、とにかくめるると岩本照の2人にとって平和で穏やかにしようと必死になっているかのように、映画が構成されている。恋愛ってのは「どれだけ相手を好きになっても、結局のところ他人の気持ちの全ては解らない」という大前提の自然法則があり、それを認めたうえでそれでも乗り越えていくから物語が盛り上がるものなのに。本作は誤解やすれ違いによる恋愛トラブルがすぐに解消されるので、浮き沈みの無い平坦な物語になってしまっている。

こうした傾向は、稲田豊史の著書『映画を早送りで観る人たち』の第4章で述べられたような「快適主義」に基づくものなのだろうか。昨今の若者たち(って限定してはいけないが)の中には「登場人物が傷つく映画を見たくない」という気持ちがあると言われている。たとえ最後にはハッピーエンドになるのが解っているとしても、その過程として窮地に立たされる登場人物への共感すら耐えられないのであると。だからといって恋愛モノのトラブルすら避けるのは、現実から目を背ける愚かな行為かもしれないが、一方では仕方ないとも思える。

たまたま本作の公開日に起きた出来事によって、今はテレビを見てもネットを見てもあまりに酷く直視できない現実で埋め尽くされてしまっている。せめて映画館の椅子に座っている少しの時間くらい、現実と切り離された穏やかなフィクションの世界に包まれていたいと願うのは人間の本能であろう。その点、ちょっとした恋愛トラブルさえも辛く感じさせないように配慮された平穏な本作には、たしかに大きな需要がある。

ただし、この本作全体を覆う平穏さは、アクションとは非常に相性が悪い。一応は消防士の話でもあるので、ショッピングモールでの爆発事故による火事に巻き込まれためるるを岩本照が助けに行くクライマックスがある。しかし、まったく手に汗握るようなハラハラドキドキの展開にはならず、『タワーリングインフェルノ』みたいなのを期待すると肩透かしを食らう。いや、そんなものを期待したこっちが全面的に間違っているのだが。

あと蛇足ながら、火事現場に取り残された人数も解らない状態で消防士全員が「もえちゃーん!」(めるるの役名)って叫びながら私情丸出しで特定の個人を探すのもどうかと思ったけど。あと、この爆発事故、どう考えても死者が2桁は出ていると思われるのだが、それは不問? 恋愛している主人公の2人が幸せなら、他がどうなろうとOK? この邪悪さこそが、もしかしたら本作が現実と直結している唯一の部分かもしれないが。
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