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【邦画/ドキュ】『パンケーキを毒見する』ネタバレあり感想レビュー--自分の存在をスクリーンに映す覚悟も責任も無いなら自己主張をするためだけの映画なんて作るなよ

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監督:内山雄人
配給:スターサンズ/上映時間:104分/公開:2021年8月30日

 

注意:文中で終盤の内容に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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菅義偉総理大臣の国会質疑や記者会見での受け答えは、たしかに支離滅裂で会話が成り立っておらず、乏しい表情で機械的に同じ発言を繰り返すのだから、狂気を感じるのは違いない。菅義偉を題材にドキュメンタリー映画を撮るならば、その狂気の源が、現在の日本政治の構造的な問題か、あるいは菅義偉という人間性に理由があるのか、そこを追究していると誰しもが思うだろう。とは言いつつもそれをスターサンズに求めるのはお門違いなのは百も承知なのだが、でもちょっとは期待してたのになあ。

それでも一応、現在の日本政治の構造的な問題は、インタビュー出演した石破茂が自嘲気味に触れている。小泉内閣の時に成立した小選挙区制によって、何をやっても自民党は選挙に勝つようになり、それゆえ活発な議論が起きず党内が硬直化した、と。昨今の自民党絡みの不祥事そのものよりも、その不祥事によって自民党に大きな打撃が起きず選挙は安泰のままなのが問題である。だから菅義偉が野党や記者を相手にぞんざいな対応をしても許されてしまうのだ。たしかにその通りだが、そのレベルのことは、少なくともこの映画を観に来る人たちにとっては常識ではある。

では菅義偉の人間性はどうであるのか。国会や記者会見での狂気めいた態度には、菅義偉という個人にも何かしらの理由があるだろう。しかしこの映画では、秋田県で生まれ育った出自や秘書時代の行動も簡単に紹介するものの、菅義偉なる人間を奥底まで解体しようとする意思は無さそうだ。新人議員時代のエピソードを元に、バクチ打ち気質であると触れる程度。いずれも失敗していると添えて、昨今の五輪開催だのGOTOだ緊急事態宣言だのといった政策もまたバクチであると批判する。結論ありきだ。

ドキュメンタリー映画としてどうかと思う瞬間が、序盤にあった。上西充子・法政大学教授(ご飯論法の人)の案内で、菅義偉が日本学術会議の任命拒否問題について野党議員に追及される映像を流すのだが、まずはニュースで使われるような編集された映像のあとに、ノーカット版の映像となる。ここでナレーターの古館寛治が「面白いですよ」と言うのだ。いや、その映像が面白いかどうかは観客が判断するよ。ナレーションで「面白いですよ」って先に言うのはダメだろう。作り手が観客に対して「ここは、こう感じてください」って直接促すのは、ドキュメンタリーではあってはならないことだ。

そりゃ『主戦場』だって『はりぼて』だって、観客にこう感じてほしいと意図の含まれたシーンはあった。でも観客は、その作り手の意図を踏まえた上で、それでも自分ならこう感じるとそれぞれが判断するのである。最初から言葉で「こう感じてくださいね」と観客の思考を強制するのは暴挙でしかない。途中で挟まれるアニメーションも、観客が特定の思想を共有している前提で作られているし、しかも菅義偉は日本をダメにする酷い奴だからどれだけ馬鹿にしてもいい、という完全アウトな倫理観がまかり通っている。

この映画の作り手には「菅義偉は今の日本を衰退させる諸悪の根源であり、我々はそれを糾弾しなくてはいけない」という大前提の"理念"があり、善行のつもりで菅義偉のモンスターぶりを観客たちに啓蒙している。つまりただのプロパガンダ映画だ。菅義偉が秋田の小さな村で生まれ育ったという話題の時に、雪の積もった田んぼの向こうに昔ながらの木造住宅が並ぶ映像を挿入し、右上に「イメージですよ」「イメージですから」とテロップを入れている。「ですよ」「ですから」とつけるのが笑えると思っているのか。このテロップ表記には言い逃れのできない地方差別が含まれているが、それに気づかないのは菅義偉はモンスターだからどう攻撃しても我々は正義だという驕りである。

断っておくが、ボク自身は菅内閣の政策には批判的であり、特に経済政策は愚の骨頂だという立場だ。映画館に対する仕打ちなど文化事業への軽視も許せない。それでも、その理由を「政治を牛耳り利権を貪る特定の巨悪」の存在にあるとは思えない。誰しもが(菅義偉すらも)自分なりに良かれと思って行動するも、それらが絡み合うことで誰も予想だにしなかった方向に事態が転がってしまう、というのが実情ではないだろうか。映画などでヒトラーを人間味ある人物として描写したところで最近では話題にもならなくなったが、ヒトラーを理解不能なモンスターにしてしまうと却って歴史を見誤るのは確かであり、なぜあんな人間になってしまったのかを紐解くのが有益であろう。同じことを本作は菅義偉に対して行うべきであった。

ただし、別にプロパガンダだって映画のジャンルの一つなので、本人がそう信じているのなら、「菅義偉はモンスターだ」って訴える映画があったって構わない。でもそれなら、せめて作り手の顔を出せよと。森達也もマイケル・ムーアも個人の主張が強いドキュメンタリー映画監督ではあるが、彼らは自らの言動すらも作品の中に積極的に映し出し、作り手でありながら被写体としても存在している。だから観客は、映画の中に映る森達也やマイケル・ムーアについても考えを巡らせられるのである。『パンケーキを毒見する』では、作り手(内山雄人監督は依頼された側なので、今回の場合はスターサンズの河村光庸プロデューサー)の存在が曖昧だ。観客の視線に晒される覚悟も責任も無いのなら、こんな自己主張するだけの映画は作るなよ。

それでも冷静に観られたところをひとつ挙げると、しんぶん赤旗の編集部への取材は、露骨な印象操作が比較的少なかったため、赤旗の実際の仕事内容や、編集者の理念などがフラットに伝わってきた。出演時間は少なかったが、その後に登場した小池晃・共産党書記局長の人間味も垣間見れた。実際、この映画の中で人間味が伝わってきたのは小池晃だけだったかもしれない。あとの出演者は菅義偉=モンスターを主張するための小道具みたいな扱いだったから。まあ、一般的なドキュメンタリー映画の基準だったら、この赤旗のシーンですらも「恣意的な演出がある」って言われちゃうけどね。

ラスト近く、若者と政治の距離を繋げようと活動する団体のメンバーである大学生たちにインタビューしている。若者の間で菅内閣の支持が高いのはなぜかと聞かれ、パンケーキを食べるシーンをTVに流させるなどの印象操作によって、雰囲気で支持しているのではないかと答える。それはひとつの事実ではあり、憂慮すべき事柄だ。だがその一方で、菅義偉を非人道的な悪人に仕立て上げるアニメーションや小馬鹿な物言いで思想を誘導するナレーションなどの、この映画の恣意的な演出もまた露骨な印象操作である件はどうなのか。相手がやっているから自分もやったって構わないってことか。映画の作り手は因果応報のつもりかもしれないが、第三者から見れば「同じ穴の狢」って諺が浮かぶだけなのに。
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