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【邦画】『藍に響け』ネタバレあり感想レビュー--王道の青春スポーツ映画のツボを押さえた良作ではあるが、物語の唐突な方向転換には戸惑ってしまう

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監督:奥秋康男/脚本:加藤綾子/原作:すたひろ
配給:アンプラグド/上映時間:117分/公開:2021年5月21日
出演:紺野彩香、久保田紗友、永瀬莉子、板垣瑞生、小西桜子、山之内すず、茅島みずき、吉田凜音、川津明日香、山本亜依、カトウシンスケ、濱田マリ、須藤理彩、筒井真理子、吹越満

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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ミッション系のお嬢様高校と和太鼓部の組み合わせは奇をてらっているにせよ、基本的には青春スポーツ映画としてのツボを、きちんと押さえている。和太鼓部に途中入部した主人公が、部員たちとの人間関係からくる困難を何度も乗り越えたのち、ラストの迫力ある演奏シーンによって人間的な成長を迎える王道の構成。劇中での感情は太鼓を叩くことで表現されており、部内に軋轢が起きれば酷い演奏になり、仲直りの際には息の合ったセッションを披露する。登場人物の心情と太鼓の演奏が常にリンクしていて、言葉による説明はなるべく排除されている。余計な付け足しをせずスパっと終わるラストも好印象だ。

何より、和太鼓の演奏シーンが単純に素晴らしい。部員役の若い演者たちは実際に2ヶ月ほど和太鼓を猛特訓したらしいが、彼女らの躍動感あふれる身体性が、青春物語を厚みのあるものへと変換している。さすがに音はプロの演奏と差し替えているのだろうと思っていたが、パンフレットの監督インタビューによると音も彼女たちの演奏をそのまま使っているそうだ。マジか。

とまあ、これだけで良質な佳作と結論付けたいのだけれど、肝心の具体的な物語の内容が、どうにも突飛なので引っかかってしまうのである。何よりこの映画、前半と後半で登場人物のキャラクターや人間関係が全く別物なのだ。どのタイミングで大規模なキャラ変が行われたのか教えてくれないので、戸惑うばかりである。

では、具体的に物語を追ってみる。モノクロなのかと勘違いしそうなほど真っ暗な砂浜のシーンから、映画は始まる。砂浜でバレエのトゥーシューズを燃やしている女子高生・松澤環(演:紺野彩香)。裕福な家庭に育ち、お嬢様学校に通っているが、父親の会社が倒産したため家は売りに出して賃貸アパートに引っ越し、幼少期から続けていたバレエも辞めなくてはならなかったのだ。だからってトゥーシューズを燃やさなくてもいいと思うし、いきなり安アパート暮らしになるところとか、どうにも説明的なのは気になる。

こっそりスーパーでバイトを始めるが、そこは同級生の自宅だったのでバレてしまうなど、落ちぶれた元お嬢様の不遇ぶりが続く。そんな折、ふと謎の音がする建物の中を覗いてみると、ひとりで和太鼓を叩く新島マリア(演:久保田紗友)の姿があった。つい見とれてしまうものの、気づかれたマリア(交通事故の後遺症で言葉が話せない)に「あなたも叩いて」という感じでバチを渡されそうになり、そんなはしたないことはできないと逃げ出してしまう。

しかしなぜかマリアから妙に気に入られ付きまとわれた環は、ついには和太鼓部に入部しようと決意する。しかし部長の江森寿(演:永瀬莉子)は喧嘩腰で、「私と勝負して勝ったら入部を認める」と言い出す。8分音符を30分叩き続けられたら合格というハードなもので、残り5分を切ったところで倒れる環。勝負には負けたが、その健闘ぶりに他の部員たちが擁護し、入部することになる。

まずここで解らないのが、寿が環にキツく当たる理由。だって、寿は初登場シーンでいきなり環に食って掛かっているんだよ。こういう「観客には全く説明されていない人間関係」を前提とした展開が唐突に登場するので、戸惑ってしまうのである。同様に、マリアが環に執着する理由も不明だし。

三年生ではあるが環は初心者なので、寿からはバチすら握らせてもらえない。初心者向けの練習をイジメと勘違いして逃げ出す環にマリアが筆談で説得して、思い直した環が誰よりも早く部室に来て練習して、その姿を見た寿は環を認めるなどの定番の展開があり、ダイジェストによる日々の練習の様子がさらっと流れた後、映画は後半に入っていく。

で、ここでまた戸惑うのだけれど、環はマリアと並んで部内でトップレベルの和太鼓奏者になっているのだ。え、いつの間に? 夏合宿で寿の父親でもある和太鼓の達人(演:吹越満)から1回叩くのを見せられただけで? 入部してから3ヶ月くらいだと思うけど、他の部員よりも抜きん出た実力だとするなら、さすがに何かしらの理由がいるでしょ。たとえばバレエで培った技術が和太鼓に応用されたとか、そういうこじつけでもいいから。

しかも、いつの間にか環と寿は笑顔で日常会話をする程度の親密さになっているのである。それまでの仲たがいぶりからすれば、もうひとつくらいエピソードいるんじゃないか。で、全国大会に出たいと言い出す環。うちの実力を考えてよと他の部員に諭されるも、そんな緩いテンポじゃやってられないと突っかかるなど、ひとり暴走を始める。そんな環の独善的な状態に部員たちの気持ちはバラバラになっていく。

つまり後半は、抜きん出た天才が周囲との実力差に苛立って協調性を失い、軋轢が生まれていく話なのである。それはそれで青春スポーツモノの王道のひとつであるし、部員たちの気持ちがバラバラになっているのを「下手な演奏」で表現するのは非常に巧い。でもやっぱり、その抜きん出た天才の役回りが、ちょっと前まで初心者だった環である点が、大きな違和感なのである。キャラクターも前半と全く違うし。

後半の物語は、実質的にはマリアが主人公と言える。自分が引き入れてきた環が周囲を搔き乱すモンスターになってしまい、大好きな和太鼓部が崩壊しそうになる状況に耐えられなくなり、ついには逃げ出してしまうマリア。それをキツい言葉で絆すのが環なのは構成上ちょっとどうかと思ったが、仲直りのための2人だけの和太鼓セッションは見応えがあった。まあでも、同じ件を繰り返すけど、そもそも環とマリアがなぜ特別な友情関係になったのかの説明はされていないのだけれどね。

前半と後半でキャラクターや人間関係が異なるのは、原作の長い話を無理に2時間にまとめたからだと思っていた。でも原作漫画である『和太鼓ガールズ』、読んでみたらほとんど別の話だった。原作では、環は新入生で、部員が3年生のマリア一人しかいない和太鼓部に入ることになって、廃部を免れるために条件である5人の部員を集める話だった(寿は、環の幼馴染のツンデレ)。事情は解らないが現時点で単行本は2巻しかなく、部員も4人が集まったところまでしか語られていない。この映画、和太鼓×お嬢様学校という設定と役名だけ漫画から借りただけの、ほぼオリジナルの話なのか。

しかも、父親の会社が倒産してバレエをやめてっていう環の境遇も、映画オリジナルなのである(少なくとも単行本には収録されていない)。思い返してみると、この設定、必要ないような気も。落ちぶれたのが和太鼓を始めるきっかけみたいにしているが、さすがに強引な解釈だし。中盤以降は、その設定すら忘れ去られていたし。思い出したかのようにスーパーの娘と屋上で対峙してるけど、サブストーリーとしても本筋と無関係すぎるし。

繰り返すが、役者の身体性に依拠した和太鼓の演奏シーンは圧倒されるし、それが登場人物の心象とリンクしている骨子の部分は素晴らしいのである。ただ、物語の転換点における説明が足りなさすぎて、唐突なキャラクターや人間関係の変化についていけなくなるのが、どうにも勿体ない。あと、山之内すずを映画館で観たのは『人狼ゲーム デスゲームの運営人』以来2度目だけど、この人って実は根が暗いんじゃないだろうか。TV出演時に元気溌剌なキャラを周囲から強制させられている感じは、一時期の剛力彩芽と重なる。変な精神状態になって胡散臭い社長に月に連れていかそうになったりしないよう祈っている。
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