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【邦画】『あの頃。』ネタバレあり感想レビュー--現代では通用しないサブカル的な内輪ノリを肯定してしまうかどうか、観客は試されている

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監督:今泉力哉/脚本:冨永昌敬/原作:劔樹人
配給:ファントム・フィルム/上映時間:117分/公開:2021年2月19日
出演:松坂桃李、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、コカドケンタロウ、大下ヒロト、木口健太、中田青渚、片山友希、山崎夢羽、西田尚美

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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鑑賞中、ずっともやもやとした気持ちが発生していた。コアな趣味で繋がっている人たちの中だけで完結している内輪ノリを、外側から覗き込んでしまったかのような、はっきりと言ってしまえば生理的な嫌悪感。この嫌な感じを、さも美しい思い出のように提示しているところに、悪意あるメッセージ性を受け取ってしまった。それが今泉力哉監督の意図なのかは解らないが。

今泉監督作品に根底するテーマは一貫していて、恋愛もしくはそれに類する感情によって露わになる人間の本性を、さも当たり前のものであると観客に突きつけ、納得させようとするのである。ヒット作『愛がなんだ』が特に顕著だが、得体のしれない登場人物の異常な行動に対して共感を呼び起こそうとしているあたりに、人間の本能を全肯定する今泉監督の無垢さが垣間見れる。そこに悪意はないのかもしれない。

原作は劔樹人によるコミックエッセイで、基本的に実話とのこと。物語は2006年の大阪市阿倍野区から始まる。とあるきっかけで松浦亜弥にハマったフリーターの劔(演:松坂桃李)を主人公にして、トークイベントで知り合い親密になったハロプロ仲間たちとの青春の日々を描く。大まかな話の流れや各エピソードは原作に準じているが、ハロプロの歴史と個人史を並行させて現代日本の潮流を浮かび上がらせるような壮大なことはしていない。

むしろ劇中でのハロプロ要素は、後半になればなるほど影を潜めていく。劔たち仲間を覆う巨大な殻として存在しているのみで、サブカル的なものであれば、プロレスでもラーメンでも置き換え可能だ。本作においてハロプロは、サブカル的な内輪ノリを成り立たせるための小道具でしかない。劇中で彼らが外部の"大衆"に認知されるのは、大学の学園祭でトークイベントを行うシーンのみで、これを前半に置くことで、ここから先は閉じられた内輪ノリの話が続きますよという宣言になっている。

で、そんな内輪ノリのエピソードの中で、もっとも大きいものをひとつ挙げる。器が小さくネット弁慶のコズミン(演:仲野太賀)が、後から加入したアール(演:大下ヒロト)の彼女の相談に乗っているうちに良い雰囲気になってしまい、キスするまでに至った。その時の様子を他の仲間にベラベラ喋るコズミンだったが、イベントでドッキリを仕掛けられ、劔にこっそりと録音されていた発言内容を流される。

イベントの舞台で土下座すると、その場でアールに押し倒されて強引にキスされて「これで仲直りですよー!」で一件落着(このあと、もうひと展開あるけど)。恋人の略奪(未遂)が内輪ノリのテンションで解決するのも唖然とするが、何が気持ち悪かったって、ドッキリが発生した後の他のメンバーのニヤニヤ笑いね。これ、笑いごとなのかなあ。また、コカドケンタロウのニヤニヤ笑いが、やけに堂に入っているし。

ストーカーとか、ネット炎上とか、シャレにならない出来事が起こっても、周りで仲間がニヤニヤ笑っているから全て解決したようになっている。ハロプロという殻で守られている限り、とりあえず笑いごとにしてしまえば全て許されるのだという幻想によって、彼らの行動は成り立っているかのようだ。後半では、人の死ですらも内輪ノリのニヤニヤ笑いで、全てをチャラにしていく。外側から見ていると、この一連が本当に気持ち悪いが、シンパシーもしくは憧れを抱く人も一定数いるのだろう。

公のイベントによって復讐を行う様子は、松江哲明の一件を思い出した(意味合いは少し違うけど)。サブカル的な内輪ノリの気持ち悪さは、岩田和明の一件によって表出した『映画秘宝』的なノリへの嫌悪感と通じるものがある。浅井隆の一件を含め、昨今の映画業界で起きた騒動によって、サブカルの殻で覆われた中での内輪ノリが、もはや通用しないことは判然とされている。そんな状況下において、サブカル的な内輪ノリを「美しい思い出」のように表現した本作が公開された意味は大きい。

今泉監督が、どこまで狙っているのかは不明だ。固定カメラによる長回しを多用するなど、視点は常に第三者的で一歩下がっている。だが、過去作の傾向から考えても、傍から見れば異常な劇中人物たちに「ダメなのは解っていても、それでも憧れてしまう」と共感を誘っているのは確かであろう。彼らを良しとすることは、社会的な愚者になってでも本能の赴くままに突き進むのだという宣言でもある。観客の理性が試されている。
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 原作のコミックエッセイ。あれとかあれとか実話かよって、ちょっと驚く。

あの頃。 男子かしまし物語

あの頃。 男子かしまし物語

  • 作者:劔樹人
  • 発売日: 2014/05/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

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