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【邦画】『とんかつDJアゲ太郎』ネタバレあり感想レビュー--誰もが予想しうる自明のラストシーンに至るまでの構築が完全にゼロの衝撃

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監督&脚本:二宮健/原作:イーピャオ、小山ゆうじろう
配給:ワーナー/上映時間:100分/公開:2020年10月30日
出演:北村匠海、山本舞香、伊藤健太郎、加藤諒、浅香航大、栗原類、前原滉、池間夏海、片岡礼子、ブラザートム、伊勢谷友介、DJ KOO、フワちゃん、新田真剣佑

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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とんかつ映画と言えば、川島雄三監督で森繁久彌と淡島千景が出演した『喜劇 とんかつ一代』が真っ先に思い浮かぶ。というか、他に出てこない(検索したら、同じ川島雄三監督の『とんかつ大将』もあった)。ボクは随分前に、今は亡き吉祥寺バウスシアターの爆音映画祭で『喜劇 とんかつ一代』を観ていて、正直なところ内容はほとんど覚えていないのだが、とんかつをジューっと揚げる音のインパクトはかすかに記憶に残っている。爆音映画祭で取り上げられるほどなのだから、とんかつを映画に出すならば"音"にこだわるべきなのは映画史的に至極当然なのだ。

で、50年以上の空白期間を経て新たに登場したとんかつ映画が『とんかつDJアゲ太郎』である。タイトル通り、とんかつとDJを掛け合わせたコラボであり、川島雄三監督の教えを踏まえれば、ラストのクラブシーンでアゲ太郎が何をサンプリングするか、このタイトルだけで自明である。もちろんその通りになるわけで、では本作に最も必要なものは何かと言えば、そんなラストに向けての物語の構築である。が、その構築が何も無い! 完全にゼロ!!

渋谷・円山町に店を構える老舗のとんかつ屋の息子・アゲ太郎(演:北村匠海 しかし親もこんな名前つけるなよ)は、特にやりたいこともなく、どうせとんかつ屋を継ぐだけだと自堕落に過ごしている。しかしこのとんかつ屋、好立地なうえに行列の絶えない人気店で、親の資本力だけでも庶民とかけ離れているアゲ太郎に対して、観客の共感は得づらい。友人の親が経営するホテルの地下を根城にして、気の合う仲間と共にダラダラとモラトリアムを過ごしているなんて、いい御身分だよな。

そんないけ好かないアゲ太郎だが、成り行きでクラブイベントに潜り込み、DJが沸かすフロアを体感する。しかも片思いしているブティック店員の苑子(演:山本舞香)がノリに乗っているのを目撃して、自分もDJになろうと決意する。そしてすかさず、そのイベントを沸かしていた張本人のDJオイリー(演:伊勢谷友介)に弟子入りを志願する。

行動力だけいっぱしの素人が、不純な動機ありきで何かしらのプロを目指し始める。王道の導入パターンだが、その後も「あまりにトントン拍子に進む前半」→「初舞台での大失敗」→「心を入れ替えて真面目に特訓」→「逆転をかけた舞台で大成功」と、脚本術の教科書に書いてあるような定型プロットで話は進む。もちろんそれは構わない。ここにとんかつとDJというオリジナル要素をいかに絡めるかが重要だが、そこが壊滅的に下手なのが問題で…。

適当に作ってYouTubeにUPした動画が10万アクセスしてフワちゃんとコラボまでして大人気になる、なんてのが(動画作成の才能があるとは劇中で示されていないので)余程の幸運に恵まれた夢物語であり、そこから観客が得る感情は、まず嫉妬だ。で、師匠のDJオイリーの怠慢もあって初舞台で大失敗をしでかし、「そりゃそうだろ」と観客に思わせるのはいいのだが、なぜかこれまでの流れを無視して苑子がアゲ太郎に急接近してきて慰めたりしてくるのである。特に苑子に関しては、シーンごとに前後の繋がりが無く、その場その場で設定を変えられているかのような都合のいい女にされている。

大体、ラストでの再起をかけたイベントが始まる前段階で、苑子はアゲ太郎に一目置いている状態なのだ。この時点で物語序盤で課されたミッションはクリアしてるじゃん。それならば、この大舞台でのアゲ太郎の目的は何なのか。自分のせいで没落させてしまったDJオイリーに対する贖罪か。まあ、どうとでも解釈できるんだけど、それはつまり制作者の側が何も考えていないのと同じだ。

これ、特殊な仕事を紹介する映画のようでいて、とんかつもDJも、技術的なことは何も教えてくれない。予備知識の無い人が観たら、結局のところDJが何をしているのかさえ解らないほどに。DJ特訓シーンは雰囲気でごまかしているだけだし。この映画の場合、その手法もアリではあるのだが、全くごまかせていないのがダメ過ぎる。

予想通り、ラストのイベントではとんかつを揚げる音やキャベツを切る音をサンプリングしているのだが、なぜそれによってフロアが盛り上がるのか、映画的な理由が全く無い。とんかつの調理とDJの所作が通じているとこじつけでも何でもいいから前段階で示しておけばいいだけなのに。『ベスト・キッド』のマネすれば充分。それすらしていないのは怠慢か。

それまでの積み重ねを何もしていないからさ、物語の最高潮であるはずのラストのイベントシーンで、伏線も何もなくとんかつ愛好家の集団が乗り込んできたり、アゲ太郎の友人たちが脈絡のないコスプレをしたりと、とっ散らかった状態に自ら陥らせている。せめて音楽には酔いしれたいとこちらも願うけど、あのコスプレ集団は目立ちまくる場所にいるし、本当に目障りだったなあ。多少でも物語に添わせるなら、せめて仕事着にするべきじゃないか。

映画『とんかつDJアゲ太郎』において、二宮健監督には、どれほどの裁量権があったのだろうか。個人的には、二宮健監督作品の多くは苦手過ぎて、園子温監督や大森立嗣監督などと同様に"敵"と認識しているのだが、本作については過去作との比較もできないほど酷さの質が違う。小規模映画で評判の監督を大作に起用したらとんでもない結果になってしまったイレギュラーな一本として捉え、本作を通じて二宮健監督を語るのは避けるべきかもしれない。『どろろ』だけで塩田明彦監督を語ってはいけないのと同じように。
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