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【邦画/ドキュ】『はりぼて』ネタバレあり感想レビュー--この世界は、どこまで行っても喜劇なのだ

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監督:五百旗頭幸男、砂沢智史
配給:彩プロ/上映時間:100分/公開:2020年8月16日
出演:佐久田脩

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はご注意ください。普通に報道されていることなので、別にネタバレってわけではないですが。

 

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時は2016年。富山市議会で議員報酬を月10万円以上も引き上げる条例案が可決される。市民の反発を買う一方、地元のテレビ局・チューリップテレビは、報酬等審議会の議事録と政務活動費の支出伝票を公開請求して取り寄せる。活動記録と伝票をひたすら突き合わせたところ「富山市議会のドン」こと中川勇市議の架空請求の疑惑を発見して、報道。当初は完全に否定していた中川市議は、最後は全面的に認めて議員辞職する。そこから議員の不正請求が次々に発覚、計14人が議員辞職する大騒動となる。

議員報酬引き上げの方向性が固まるのは5月で、中川市議の辞職は8月。ほかの13人もほとんどは年内に辞職(最後の1人は翌年3月)。富山県警が中川元市議の刑事告発を受理したのも、議員報酬引き上げが一転して廃止されたのも年内だ。怒涛の展開が1年足らずのうちに巻き起こっている。このスピーディーさを、本作は空気感を含めて伝えてくる。

映画の前半は、主に中川市議への疑惑の追究となっている。伝票と活動報告の矛盾点を見つけ、市政報告会の会場と記載された施設を訪れて、記載された参加者人数が入れない部屋だと確認する。そんな感じで犯罪告発サスペンスの様相を呈するとともに、中川市議への直撃インタビューも随所に挿入される。当初は詭弁と威圧感で記者を言いくるめていた中川市議は、証拠が固まっていくうちに絵に描いたような狼狽を見せ、一時的に失踪した後は絵に描いたようなやつれた顔で報道陣の前に現れ、絵に描いたような謝罪会見を行って辞職する。

そう、この映画の登場人物は、いずれも「絵に描いたような」姿を見せる。中川市議の辞職の後は、次から次へと議員が登場しては、不正疑惑の発覚から謝罪して辞職するまでのルーチンがアップテンポで繰り返される。彼らが順番に見せる「余裕」「狼狽」「憔悴」は、いかにも映画に出てくるテンプレの悪人らしく、むしろわざとらしすぎて劇映画だったらNGになりかねないレベルだ。

この世界は、どこまで行っても喜劇なんだと、本作を観ると痛感する。議会を牛耳る大物みたいな風体のくせに、実際は伝票に数字を書き足す小悪党だと露わにされるだけでは、巨悪が倒されるカタルシスは得られまい。いくら大真面目に不正を追及しても、バカバカしさが全てを上回る。

喜劇である以上、悪人とされる議員のほうにも愛着がわいてしまう。不正を指摘されて言い淀んだり目が泳ぐ姿からは、むしろ人間的な親しみを覚えるのは仕方ない。まあ、政治家としては巨悪の麻生太郎も森喜朗も、実際に会ったら人間的には好感を得てしまうだろうし、そういうものなのだろう。不正受給は犯罪で許されないことだが、本作は善悪の二元論の先に視点を向ける。

さて、2016年に起きた議員ドミノ辞職は、映画では前半部分である。このあと、富山市議会が現在どうなっているのかまでを映画は追っている。まあ、簡単に言うと大して変わっていないわけだが。相も変わらず議員の伝票不正が発覚し続けているし。変わったのは、疑惑を認めずに議員が居座るようになったことであり、むしろ事態は悪化している。

現実はドラマチックにいかない。いまだに延々と同じことが繰り返されており、ハルヒのエンドレス・エイトを観ているような苛立ちを覚える。やっと新キャラが出てきたらと思ったら、夜中に女性職員の机を物色していたとかいう、さらにレベルの低い小悪党だったりするし。劇映画であれば脚本がおかしいとしか言えない展開だが、リアルなんてこんな程度なのだ。

さて、本作には、どうしても気になる点がある。不正疑惑を追及する側で、このドキュメンタリー映画の創り手でもあるチューリップテレビの側が、どうにも正義の鉄槌に酔っているように見える。これはドキュメンタリー映画ならではの、マイクを向けて質問している側の顔など、テレビ局サイドの映像も映り込むことで人格が伝わってくるからなのだが、もうひとつ、明らかに編集によって「正義に酔っている自分」を隠しきれていないようなのだ。

この映画、何度も鳥(主にカラス)の映像がインサートされる。富山市庁舎の上空を覆う大量のカラスの画だったり、全然関係ない「公園のカラスが困っている」みたいなニュース映像を差し込んだりしている。劇映画なら暗喩として捉えられても、ドキュメンタリーでそういう印象操作は危険である。これをやってしまうのは、やはり「正義に酔っている自分」が感覚を麻痺させてしまっているからではないか。

創り手にも自覚はあったのだろう。ラストのほうでは自分たちを含めたメディア批判も含めてくる。ただこの辺り、はっきりと説明不足なのだ。パンフレットや雑誌でのインタビュー記事を読めば大体のことは解るんだけど、映画だけではうまく伝わってこず、何があったんだともやもやが残る。今年は『さよならテレビ』というテレビ局の内部を自己言及した傑作が公開されており、どうしても比べてしまいがちなのもあるが。

最後にひとつ。本作の登場人物で自分が個人的にもっともシンパシーを感じたのは、森雅志・富山市長である。都合よく編集されている可能性もあるが、森市長は何を聞かれても「自分が何か言える立場にない」「制度的に何も言えない」と繰り替えすばかり。これまたテンプレ的な「無能なトップ」を体現していて、最初は飽きれるわけだが、この人は本当に蚊帳の外なんだよね。この、大きな事態が起きている中で自分だけ無関係なのでどうしようもない感じ、すごく共感する。足かけ4年、「自分は関係ない」と言わされ続けるのもつらいだろうに。後半になると「行間を読んでください」とか言うようになったし。引退後は梨を育てるって語っていた時だけ生き生きしていた。

ほかにも、情報漏洩しておいて「解ってください、(情報を渡したのは)私の上司ですよ」と言い訳するそこそこ偉い人とか、不正してないってだけで議長席に座らされて明らかに戸惑っている新人議員とか、この手のドキュメンタリー映画ならではの「顔」の面白さが随所にあるので、それだけでも痛快なコメディ作品かと。

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