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【邦画】『HERO ~2020~』感想レビュー--舞台劇を映画に近づけようとすればするほど舞台劇特有のアラが目立ってしまうジレンマ

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監督&脚本:西条みつとし
配給:ベストブレーン/上映時間:100分/公開:2020年6月19日
出演:廣瀬智紀、北原里英、小松準弥、前島亜美、小早川俊輔、小築舞衣、中村涼子、米千晴、小槙まこ、加藤玲大、後藤拓斗、双松桃子、飛鳥凛、伊藤裕一、根本正勝、今立進、松尾諭、斎藤工

 

注意:文中でラストの展開までがっつり触れています。未見の方は確実にネタバレしますので、ご注意ください。

 

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まずは冒頭のイラストが全然似ていないことを謝罪します。ごめんなさい。

さて、元は舞台劇で、散りばめられた伏線が次第に回収していくタイプのコメディ映画である。舞台劇の原作を舞台劇みたいな映画にする意味の是非については以前から触れてきたが、本作の場合は「映画であること」へのこだわりはあるのだろう。ロケ場所の数やカメラワークから、舞台劇とは別の何かにしようという気概は感じる。だが、映画に近づけようとすればするほど、舞台劇であれば気にならない部分が悪目立ちしてしまう弊害が出るわけだが。

まずは道路に飛び出した少女を助けようとして女性がトラックに轢かれるオープニング(倒れた女性とトラックと少女の位置関係がおかしいのだが、まあいいや)のあとに本編が始まる、倉庫で働いている広樹は、乗っていた脚立が倒れて足をくじき、入院することになる。なお、倒れる瞬間はガシャーンと音だけで、カットが変わると広樹が横たわっているという、冒頭のトラック事故と全く同じ演出だった。低予算だから仕方ないけれど、同じ演出が連続するのはちょっと。

足はくじいただけだが脳の検査もあるため数日の入院が必要となった広樹。病室には恋人の浅美が見舞いに来る。広樹がタバコを吸いに行ったところで(しかし足をケガした割にスタスタ歩くんだよな)広樹の妹の真菜がやってくる。そこで真菜は、浅美から「広樹から、付き合うのは2年間限定と約束していて、その期限が明日」と聞かされる。そんな期限を設けた理由を広樹から聞き出そうとするもはぐらかされた真菜は、人材派遣サービスの会社を訪れる。

なんで人材派遣? という根本的な疑問はスルーするのがシネ・リーブル池袋での流儀だ。真菜は人材派遣会社の社長に、広樹から2年間限定の真意を聞き出したうえで浅美と別れさせないように仕向けてほしいと頼む。だからなぜそれを人材派遣会社に? と突っ込んではいけない。社長は「ではケース31だな」と呟く。死神の格好で広樹の前に現れて「おまえはもうすぐ死ぬ」と伝えれば、どうせ死ぬならと本当のことを言うの違いない、ってのがケース31の作戦だ。はい、ツッコミは堪えてくださいね。

この人材派遣会社は、依頼が失敗したらお代はゼロどころか依頼者に100万円を支払うという。よく経営が成り立つな。翌日しか決行のチャンスがないので、死神に関する本を積み重ねて夜通し読み通す社長。そんなことより演技の練習とかすべきのような気がするが、そこで社長は死神の本来の役割を知る。

さて翌日。それまで他に誰もいなかった病室には、新たに腕をケガした男が入院してくる。「よくある話です。腕に日本刀を3本刺されまして」というセリフは、きっと舞台なら笑えたのであろう。マジシャンである男は、マジックを見せましょうかと自分のバッグを広樹のベッドに置く。だが広樹はタバコを吸いに、マジシャンの男は彼女と弟(だったっけ?)をロビーまで迎えに、一緒に病室を出る。

そこへ病室に現れた怪しげな男。ゴソゴソとマジシャンのバッグを漁る。さては話題になっていた置き引き犯かと思われたところで、人材派遣の社長秘書が扮した偽看護師が現れる。慌ててバッグの中からナイフを取り出して隠し持つ男。偽看護師は、男を広樹と誤解したまま寸劇を演じ、続いて社長扮する死神が現れて「おまえはもうすぐ死ぬ」と言い出す。だが、ドタバタの中で男が財布を落とし、免許証を見た偽看護師が勘違いに気づき、死神とともに慌てて撤収する。男のほうも、ナイフを持ったまま一旦は病院を出るが、財布が無いことに気づいて踵を返す。

ひとつのシーンを細部込みで長々と描写したけど、ここで驚くことを言うね。このナイフ、マジシャンの小道具じゃないから。ここまであからさまであれば観客全員が「ああ、あれはマジシャンが使う刃が引っ込む系のナイフで、それが後の展開に関係するんだな」と思うはずだ。それがミスリードってすごくないか。観客を騙すためだけの仕掛けってだけでも噴飯ものなのに、それにまったく意味すらないなんて。

ついでにいうと、入院する男がマジシャンである理由も一切ないからね。先の日本刀ギャグのためだけの職業設定。散りばめられた伏線が回収していく系の話で、そういう観客を混乱させるためだけに仕掛けられたミスリードがあると途端に冷めるから。ミスリード自体に何かしらの必要な理由があればいいんだけど、本当に何もないからさあ。

マジシャンの男は彼女&弟と病室に戻ってくるが、すぐにマジシャンはトイレへ行く。そこに再び現れた偽看護師と死神。今度はマジシャンの弟を広樹だと勘違いしたまま、さっきと同じ寸劇を繰り広げる。なるほど、たしかにこれが舞台劇だったら、この繰り返し寸劇もコメディとして面白かったかもしれない。でもこれ映画だから、まず人材派遣の会社が仕掛ける対象である広樹の顔写真すら確認していないところに引っかかってしまうわけである。

あとこれ、何度も都合よく登場人物が病室を出たり入ったりするのね。舞台劇だと役者が出たり引っ込んだりは日常だけど、映画になると不自然さに引っかかってしまう。広樹、やたら遠い喫煙所に短いスパンで何度も行くし。映画にしようとすればするほど、物語のために登場人物が動かされているようで違和感が浮き上がってくる。映画にするのなら、舞台劇だから許されている違和感を処理するのが必要不可欠なはずなのに。

で、そのあとも色々あって、死神作戦は簡単にバレたのち、ついに広樹が2年間限定の真意を話し出す。実は、かつて広樹が付き合っていた恋人は、2人とも死んでしまったのだ(そのうちの1人が冒頭のトラック事故で死んだ女性。すっかり忘れていた)。なので広樹は自分が死神ではないかと思い、浅美とも2年間で別れないと死んでしまうと考えていたのだ。そこへ死神に扮した人材派遣の社長が「君は死神じゃない。なぜなら死神は死を回避させるのが本来の役割だから」と付け焼刃の知識を伝えてくる。

いや、それだと広樹が死神じゃないってだけで恋人が死んでしまう運命を払拭できたわけじゃないし、これからも浅美と付き合う動機にはならないと思うが。まったく辻褄が合ってないまま大団円みたいにしていたけど、いいのか。一番大事なところでロジックが破綻しているんだがなあ。

なお、タイトルにまで使われながら本編とほとんど関係の無かった特撮ヒーロー番組の撮影シーンが何度も挿入されていて、そこに死神大佐なる役で斎藤工が友情出演していた。なんか、斎藤工が絡んだ作品は要注意だというコンセンサスができつつあるなあ。あと、この文章中では触れなかった「時制トリック」と「本当の死神の存在」は、細部はともかく(ヒント出し過ぎでバレバレなので)大元の設定としてはありがちではあるが悪くなかった。こっちを膨らませていれば、まだ良かったかもしれない。
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