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【小説/映画本】井上雅彦『珈琲城のキネマと事件』--映画蘊蓄談義の輪に入る至福のひと時

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

井上雅彦『珈琲城のキネマと事件』
出版:光文社文庫/発売日:2019年11月12日

 

都内某所にひっそりと店を構える「喫茶 薔薇の蕾」。かつては名画座だったその場所には、今も映写機とスクリーンが備わり、不朽の名作映画が上映されている。そんな至高の空間の中で<怪奇俳優>や<グッズ屋>といった独特の渾名を持つ常連客たちが、持ち込まれる「謎」を肴にして映画談義に花開かせるのである。

 

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もう、名作映画が上映される喫茶店ってだけで涎が出てくるではないか。そりゃ現実的なことを言えば、商業行為の一環で映画を上映しているので著作権の問題が発生するし、この形態では喫茶店とは認められずココマルシアターと同じ問題に直面する可能性がある。だが、そんなことはどうでもいい。映画を愛する者には堪らない空間が形作られているのだから、そこに野暮な文句など言う気はない。

主人公である警察官の春夫は、亡くなった先輩刑事の残した言葉に困惑していた。ほぼ密室状態の奇妙な場所から発見された死体は、疑問点が多く残るも他殺で処理されようとしていた。ところが独自に捜査していた先輩は、「謎は全て溶けた」「狼男の殺人だった」との言葉を残し、心筋梗塞で亡くなった。先輩の夫人から事件の真相を教えてほしいと頼まれた春夫だが、あまりにオカルトチックな先輩の言葉に行き詰っていた。

そこで学生時代の同窓生でもある文化部所属の秋乃に相談すると「喫茶 薔薇の蕾」を紹介され、2人で訪れることになる。店内で事のあらましを語ると、狼男のキーワードに食いついた常連客たちから、1941年『狼男』など狼男の登場する映画に関する蘊蓄が次から次へと挙げられていく。そこからヒントが導かれ、その場で映画を上映することによって事件は解決されるのである。

以上は4篇からなる連絡短編集の最初の話だが、他の話も「謎の提示→映画蘊蓄→事件の解決」という基本パターンである。物語全体の構成よりも、映画好きが語り合う喫茶店の雰囲気づくりに比重が置かれていて、とにかくそこが楽しい。取り上げられる映画はヒッチコック監督作や『ロッキー』など定番のものだが、語られる蘊蓄は主に撮影技法に関する話で、なかなか興味深い。

常連客に渾名ほどの強いキャラクター性が無いなど、喫茶店内部の虚構的な空間を創造するのにぎこちなさを感じることはあるが、それはそれで味がある。ひたすら映画蘊蓄が飛び交う非日常な空間の中に潜り込む、その疑似体験は至福のひと時だ。

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

珈琲城のキネマと事件 (光文社文庫)

 

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