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【邦画】『"隠れビッチ"やってました。』感想レビュー--計算された画面構成と多視点の演出によって、極めて映画的に"隠れビッチ"を解体していく

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監督&脚本:三木康一郎/原作:あらいぴろよ
配給:キネフィルムズ/上映時間:112分/公開:2019年12月6日
出演:佐久間由衣、村上虹郎、大後寿々花、小関裕太、森山未來、前野朋哉、片桐仁、前川泰之、柳俊太郎、戸塚純貴、笠松将、田中偉登、岩井拳士朗、山本浩司、渡辺真起子、光石研

 

注意:文中でストーリーの後半まで触れていますので、ネタバレにご注意ください。一度目は事前情報を何も入れずに観たほうが面白い作品だと思います。

 

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73点
「隠れビッチ」とは、「他者から求められる自分」に優越感を感じて承認欲求を得るべく、あらゆる男から告白されることを生きがいに奮闘している女のことである。思い通りに告白の言葉を聞いた後は、鼻をほじりながら断りの電話を入れて、一丁上がりとなる。そんなわけで、まずは男を誘惑するための服装や言動など隠れビッチのノウハウが紹介される。だが、実は隠れビッチの生態については、冒頭15分ほどの分量しかない。主人公のキャラクター紹介って感じだ。

この映画、タイトルの「隠れビッチ」よりも「やってました。」のほうに重きが置かれている。男に告白されては断ることで快楽と得ていた主人公が、本気で恋に向き合ったときにどうなるか、その顛末がメインの物語だ。既に原作を読んでいたので、この流れは想定済みではあったのだが、映画に変換されたことで、より生々しくえげつない話になっていて、なかなか衝撃であった。

原作は、著者あらいぴろよが自身の半生と向き合った自伝的な4コマ漫画。この手の漫画には珍しく、ポップさが控えめで、直接的に自分のダメな部分を抉り出している。自己主張をするときに怒鳴る描写を含めて、内省的な西原理恵子といった感じか(映画でも、近所迷惑なほど騒々しく大声を張り上げている)。自伝なので常に主人公目線ではあるが、「この漫画を描いている、もうひとりの自分」の存在によって、主人公にも客観性が生じている。

このような自伝的な話をそのまま映画にした場合、主人公を一歩引いて見つめる作者の存在が消えてしまう。そのため本作は、主人公を見る他者の視点を大量に織り交ぜている。冒頭の隠れビッチぶりのシーンでも、男側の視点も常に含まれているし。会話シーンでは撮影のお手本のような切り返しによって、主人公にとっての主観と客観が交互に繰り返される。さらにはワンカットの中ですら、視点が切り替わるのだ。こうして、主人公の隠れビッチは無数の視点の中に放り込まれ、解体されていく。

画面の中での立ち位置によっても関係性を視覚的に表現しているし、ピント合わせによって心理表現を示す手法も多用される。意外と言っては失礼だが、画面の構成に関して、極めて映画的にこだわっているのである。商業大作でこれができる人がどれだけいるかと考えれば、もうこの一点だけで絶賛したくもなろう。

できればファーストインプレッションで衝撃を感じてほしいので、あらすじは簡単に。荒井ひろみ(佐久間由衣)は、隠れビッチぶりによって承認欲求を得ていたが、ある男に本気で恋をしてしまう。しかし、あまりに飾らない男からは告白されず、負けを感じる。失意のうちに出会った次の男には「本当の自分の姿」を見せつけたところ、悲鳴を上げて逃げられる(この一連は相手役の前川泰之を含めて演技の全てが素晴らしいので、ぜひ劇場で)。このままでは駄目だと決心したひろみは、男関係を清算してバイトも辞め、夢だったイラストレーターになるべくデザイン会社に入社する。

あらすじを簡単にし過ぎて、これだけ読んでも面白さが伝わらないか。繰り返すけど、この映画最大の魅力は映画技法を駆使した演出表現ですよ。さて、ひろみは転職の直前、隠れビッチだった件を含めて全てをさらけ出している三沢(森山未來がくたびれたサラリーマンを好演)から予想外の告白をされ、きちんと恋人関係になる。だが、単にそれだけでは、隠れビッチだった頃の承認欲求を埋め合わせできず、ひろみは暴走を止められない。

ひろみは「頼んでいた牛乳を買ってこない」といった日常から「なんで私を大切にしないの」と、以前と同じように怒鳴り上げる。しかもその姿は、ひろみにとっては「本当の自分を見せている」から正しい行為なわけだ。傍から見れば女からのDVでしかない状況でも、主体性に乏しく全てを受け入れる三沢は決してひろみを突き放さないし、ひろみは、ついには手を出して怪我をさせた三沢に対しても被害者のつもりでいる。このあたり、視点が何度も切り替わることで、ひろみの痛々しい内面が多角的に解体され、浮き彫りとなっていく。

ここから先、別の出来事もあって否が応でも自身の内面と向き合うことになったひろみだったが、果たして三沢に救済されたのか。夕日の沈むベンチ(ベタだけど、それがいい!)での印象的な会話シーンや、エンドロール後も含めて、判断は観客に委ねられている。ちなみに、三沢がひろみを「荒井ちゃん」と「苗字+ちゃん」で呼ぶところも素晴らしい。それだけで、色々と2人の距離感への想像が膨らむ。

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