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【邦画】『新聞記者』ネタバレ感想レビュー--イメージによる印象操作を批判している側が同じことをしてどうするのか

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監督:藤井道人/脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人/原案:望月衣塑子
配給:スターサンズ=イオンエンターテイメント/上映時間:113分/公開:2019年6月28日
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司

 

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55点
新聞社の編集部。夕暮れのような淡いオレンジを基調とした色彩の中で、記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)を捉えるカメラがグラグラと揺れる。主人公の内面なのか、日本の未来なのか、とにかく何かを表現しているのだろう。一方、対照的な空間として示される、内閣調査室(内調)の部屋。薄暗い部屋の中で、平然と並んだパソコンだけが青白い光を発し、スーツ姿の無表情な男たちが無言でパチパチをキーボードを叩く。その中のひとりが、外務省から出向中の杉原拓海(松坂桃李)である。

新聞記者 (角川新書)

新聞記者 (角川新書)

 

 

もう、やり過ぎなんである。グラグラ揺れるカメラもだが、とにかく内調の部屋の描写が非現実的だ。一般常識からして、あそこまで照明を落としているのは不自然極まりない。ロボットのように無機質な職員が、ひたすらTwitterに政権寄りの罵詈雑言を投稿しているのは確かに薄気味悪いが、これが官僚による世論誘導の実態だと思わせるには、イメージが先行し過ぎて説得力がない。もしも本当に内調の部屋がこんなんだとしても、一言のセリフでもいいので観客にこれが事実であると示す何かが必要だ。それほど、この部屋はアナクロな「冷徹な悪の組織」のイメージ通りで、ただただ嘘くさい。

この映画、現実の政権や官僚への批判を主体としているのだが、新聞社を善、内調を悪と表現するのに、感覚的なイメージを用いている。事実の積み重ねなどではなく、画面作りによって「ほら、内調ってなんか怖いところでしょ」と印象に訴えるのは、非常に危険な方法論である。最近、自民党の小冊子に野党の政治家をモデルにしたかのような悪意あるイラストが載っていて問題となったが、これと同じことをしている。「同じ穴の狢」ということわざが、ここまでぴったりくるのも珍しい。

いや、別に普通のエンタメ映画ならいいのだ。ジェームズ・ボンドとかが立ち向かう架空の「悪の組織」なら、過度に薄暗い部屋も面白い演出だと賞賛するかもしれない。でもこれ、明らかに現実の出来事を元にしている。「首相と仲のいい記者からのレイプ疑惑を揉み消されたと主張する女性が顔出しで記者会見」って、ここからつい最近の現実の出来事を思い浮かべない日本人など、ほぼいないだろう。もっとオリジナルの設定を用いたって「権力を私的に利用している」という描写は作れるだろうに。

とにかく演出も脚本もやり過ぎで、歯止めがきいていない。表現としての過激派というか、目的のためなら何をしてもいいという危険思想ではないかと思ってしまうほどに。映画のかなり最初のほうで、レイプ疑惑の揉み消しも何もかも内調が裏で操っている仕業だと、事実として観客に提示している。実在の出来事について根拠も提示せずに「裏ではこうだったんだよ、酷いでしょ」と断言してこられては、こちらは本能的に拒絶してしまうし、批判者に付け入る隙を与えてしまう。架空の事件を創作していれば、ここまで酷くはならず、暗喩として処理できたと思うのだが。

宣言しておくが、ボク個人は、現在の政権には否定的な立場であるし、政府の側の誰かしらがある程度の世論誘導を行っているのも事実だと思っている。今の日本の経済状況で消費税増税を打ち出してくるのは、さすがにどうかしているし。だがこうした意味不明な政策や政権に都合のいいスキャンダルの裏側に、全てを思いのままに操っている悪の親玉がいるとは思えない。そんな何者かがいたとしたら、状況から考えて、やり方が下手すぎる。マイナンバーひとつ使いこなせていないのだから。おそらく、多くの政治家や官僚が個々に良かれと思ってやっていることがどれも想定の範囲外の結果になり、「どうして、こうなった?」の連鎖によって国家が悪いほうに傾きつつあるのではないかと考えている。『幼女戦記』のように。

本作はボクの考えとは違い、政権の裏側に巣食う絶対的な悪による完璧な世論誘導によって国益が損なわれていると主張している。物語のメインとしては、「森本・加計学園」の問題をやっぱりやり過ぎなほど忠実に再現したスキャンダルを追っていくうちに、自殺者を出しながらも真相に辿り着いていく。その大学を認可した真相ってのが、政府が極秘裏に戦争にも使える生物兵器の開発をするためだってさ。現実のほうでもそんな疑惑あったらしいが、さすがに陰謀論じゃないかなあ。知らないけど。

安倍政権やその支持者が右寄りなのは確かだけど、生物兵器の開発を推進するとは、どうしても思えない。あの人たちって基本的に夢想家で、そういう生々しい話題には目を背けがちだから。これもさ、現政権は戦争をしたがっているから危険だっていう、感覚的なイメージを用いて安直に訴えているだけなのだ。少なくとも映画を観る限り、事実の積み重ねによって論理的に真相に辿り着いたとは思えないわけで。本当に生物兵器を開発している事実の裏付けがあるのなら、映画の中でも観客を納得できる程度の根拠を示すべきだろう。ここで無根拠に生物兵器を持ち出すのは、いくらフィクションだとしてもぶっ飛びすぎで、一応それなりに真剣に観ていた自分が馬鹿らしくなってくる。

別に創り手の主張を否定しているわけではなく、映画において主張を訴えるための方法論が悪手だと言っているだけ。印象操作で国民の世論を操っているのは劇中の内調(ひいては現実の政権や官僚)がしていることで、そこを批判しているはずなのに、そのために彼らと同じことをしてどうするのか。本作でのイメージによる印象操作の最たるものが内閣参事官・多田のキャラクターで、田中哲司がこれでもかと感情を捨てた無慈悲なモンスターになり切って眼前の悪を演じている。ひとりの人間をモンスターに仕立て上げ、そいつさえ倒せば世界が劇的に好転するなんて話、さすがに頭がお花畑でしょう。多田が自分なりの正義を語るシーンでもあれば、だいぶ違ったのに。

でもこれ、創り手の側である政権批判の人たちが「感覚的なイメージによって印象を操作する」という批判相手と同じ手法こそが世論誘導には最適だと結論づけたうえでの結果だとしたら、こんなに怖いことはない。このまま双方からのイメージによる印象操作の応酬が繰り返されていけば、論理的な説得など意味を持たなくなる。そうなったとき、国家は本当に終焉を迎えるだろう。英会話、ちゃんと勉強しようかなあ。

 

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