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【邦画/ドキュ】『新宿タイガー』ネタバレ感想レビュー--結局のところ、タイガーさんについては「解らないということが解った」ということだ

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監督:佐藤慶紀
配給:渋谷プロダクション/上映時間:83分/公開:2019年3月22日
ナレーション:寺島しのぶ/出演:八嶋智人、渋川清彦、睡蓮みどり、井口昇、久保新二、石川ゆうや、里見瑤子、宮下今日子、外波山文明、速水今日子、しのはら実加、田代葉子、大上こうじ

 

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60点
ドキュメンタリーは、まず事実を伝えなくてはいけない、とされている。とりあえずタテマエでは。たとえば「こんなに酷いことになってますよ」というように、まず事実を提示したうえで、さらにその先にある何か深いものを垣間見せると、素晴らしいドキュメンタリーだと絶賛される。最終的に結論付けずに曖昧なまま終わることで褒められることも多いが、その場合だって、前フリとして事実を提示しておくことが必要だ。

だが本作『新宿タイガー』は、前段階とされる事実の提示すら行っていない。「新宿タイガー」と呼ばれる虎のお面をつけて派手な格好で40年以上も新宿を練り歩く男が何者なのか追ったドキュメンタリーなのだが、結局のところ何も解らないまま終わる。もちろんタイガーさんを全く知らない人ならば、彼の存在自体が新たに知った事実であろう。あるいは何度か見かけたことがあるという人なら、彼が新聞配達を仕事としていることに対して「そうなのか!」と感心するかもしれない。だが、そこまでは(特に新宿界隈を活動拠点としている映画ファンならば)けっこう有名な話で、わざわざ映画で再確認するほどのことではない。しかし本作には、それ以上の事実が無いのだ。

観客のほとんどが「なぜ、タイガーさんは虎のお面を着けているのか?」という問いの答えを知りたくて映画館に足を運んでいるであろう。創り手も、なんとかそこについて聞こうと、タイガーさんにアプローチをかけてくる。友人の女性に頼んで聞いてもらったり、とか。しかしタイガーさんは曖昧にしか答えない。のらりくらりとかわしている、というよりは、本当に虎のお面に何も強い思いが無いようなのだ。創り手のほうは、1972年の資料映像などを持ち出して、当時の社会情勢と無理に関連付けて推論めいたことをしているが、あまりに説得力に欠ける。

それよりタイガーさんのメチャクチャ明るくてよく喋るキャラクターのほうに興味を惹かれる。実際に交友のある人からすれば当然だと思うが、タイガーさんは異常なほどアッパーなんである。しかもくだらないことばっかり喋っている。好みの女性がいれば「びゅーてぃー、びゅーてぃー」と褒めちぎり、映画の感想を聞いても出演していた女優の美しさのことしか喋らない。口数が多い割には、内容に深みが無い。

これは、けしてタイガーさんへの悪口ではない。虎の面だったり映画館では必ず最前列に座るといったこだわりから、何かしら深い考えがあるに違いないと勝手に思い込んでいたこちらが良くないのだ。なんせ、序盤であっさりとカメラの前でお面を取るし。心の底から楽しそうに毎日を送っているアッパーな男のことが、純粋に羨ましくなってくる。創り手も、なんとかタイガーさんに意味付けをしようと必死なのだが、残念なことに空回りで終わっている。

結局、タイガーさんについては、何も解らないまま、映画は終わる。それはつまり、「解らないということが解った」ということだ。なんだか哲学めいてきたが、タイガーさんが解らないままであったことには、不思議と心の底から安堵した。映画終了後、テアトル新宿を出て小雨の降る夜の靖国通りを歩いていると、自分も虎のお面を着けているかのような楽しい気分になってきた。

 

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