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【邦画】『ゾンからのメッセージ』ネタバレ感想レビュー--虚構と現実の境界を越えた先にある「映画を創るのは大変だ」というメッセージ

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監督:鈴木卓爾/脚本:古澤健
配給:不写之射プロ/公開:2018年8月11日/上映時間:117分
出演:高橋隆大、長尾理世、石丸将吾、唐鎌将仁、飯野舞耶、律子、古川博巳、山内健司

 

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53点
本作『ゾンからのメッセージ』は、『ジョギング渡り鳥』と同じく、映画美学校のアクターズ・コースによる修了制作作品である。監督は『ゲゲゲの女房』などの良質な小品で知られる鈴木卓爾であり、青春映画ブームによって売れっ子となった古澤健が脚本とプロデュースを手掛けている。

『ジョギング渡り鳥』は、観ていて本当に苦痛であった。意味不明なのはいいとしても、2時間半もの間、ほとんどストーリーがないのである。だがこれは、創り手である学生たちが日頃から抱えている苦痛をこちらに伝えているのだと理解した。それを伝えられたところで、こちらも反応に困るとも思ったが。

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一方の本作『ゾンからのメッセージ』は、とりあえず冒頭の数分から、何をやっているのかは理解できる。全体的にセピア調の画面の中で、空一面はサイケデリックなシネカリグラフィーの映像がはめ込み合成されて覆われている。シネカリグラフィー(シネカリ)とは、フィルムに色を塗ったり傷をつけたりして創られた映像のこと。そんな中で、主人公の持つビデオカメラの中の映像では、空は普通に青い。さらには、本来なら映りこんではいけない撮影スタッフまで、はっきりと確認できる。

空一面をシネカリ映像で覆うのは、この舞台が世界から隔離された、映画を撮るためだけに存在する虚構の空間であるということだろう。ビデオカメラが映す本当の空やスタッフは、その場所の本当の姿を見せることで、ここが創られた空間であることをさらに意識的に強化させている。撮影スタッフの映り込みは『ジョギング渡り鳥』でも取られた手法(というには斬新だが)であるが、入れ子構造の内側(=ビデオカメラの映像)のほうにこそ大きく広がる真実があるのは面白い。

舞台となる小さな町は、20年前に「ゾン」に覆われてしまい、そこから出ることができなくなったという(シネカリ映像のことを劇中では「ゾン」と呼んでいる)。「ゾン」の中というか外というかに飛び込んだ者もいるが、戻ってきた者はひとりもいない。そのため生まれた時から「ゾン」のある町の若者は、電車に乗ったことも無ければ海を見たこともない。そんな「ゾン」の向こう側から、なぜかVHSテープが勢いよく飛んでくる。

VHSテープは再生しても何も映っていない(主人公たち若者はVHS自体を知らないので、砂嵐の映像に見とれたりする)のだが、その謎を追いかけて、最終的には「ゾン」の外側に行く、つまり創られた虚構の世界から抜け出すというのが、主人公たちの目的となってくる。と、こうしてざっくり要約すると解りやすいが、実際の映画は非常に混沌としている。古澤健が脚本ということもあり、一応ちゃんと筋はあるのだが、その筋から外れた要素の量があまりに膨大で、とても処理しきれない。さらには、ある瞬間から唐突に、ビデオカメラで映した空も、シネカリ映像で覆われる。たったひとつの作品内ルールまでひっくり返されては、混乱するばかりだ。

そんな膨大な要素の中で最も引っかかるのが、やはり随所に挟まれる裏方の映像である。ビデオカメラに映るスタッフはもとより、台本の読み合わせや演技指導といったメイキングの様子まで、唐突に挿入される。フィルムに色を付けて繋げていくシネカリ映像の作成は、出演している役者たちが行っていることが、挟まれる映像から判明する。

『ジョギング渡り鳥』同様、本作も観ていて苦痛を感じる。その苦痛の源が何かというと、スタッフや出演者が実際にこの作品を完成させるまでの、長く大変な実作業ではないか。この映画、撮影自体は10日ほどだが、シネカリ映像の制作と合成作業に1年以上かかっていて、しかもその作業は専門業者ではなく出演者たちが地道に行っている。そのことが映画本編で仄めかされるということは、ダイレクトに映画制作の大変さをこちらに伝えてくるということである。あの裏方の様子を見てしまって以降、空に広がるシネカリ映像は「ああ、これってこの人たちが創ったんだな、大変だったろうな」としか思えなくなってしまうのだから。

虚構と現実の境界を突破するという壮大な実験の果てにあるのが、映画を創るのは大変なんだという訴えだったのか。もしそれが本当に意図したものならば、目論見は成功しているだろう。ただ、『ジョギング渡り鳥』と同じ結論になってしまうが、本作の場合も「そんなことは、観ているこっちは知ったこっちゃない」と返すしかないわけで、やっぱりなかなか難しいところである。

 

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