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【邦画】『形のない骨』ネタバレ感想レビュー--不安定な共同体の中では、無関係な第三者の接触によって一時的な安心感を得られる

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監督&脚本:小島淳二
配給:エレファントハウス/公開:2018年7月28日/上映時間:104分
出演:安東清子、高田紀子、杉尾夢、田中準也、熊谷太志、ジョーイシカワ、渡邉ちえ

 

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77点
不思議な映画である。とある家族の話であり、爆発したら全てが崩壊しそうな火種があちこちにあるが、その火種は最後まで燻ったままで、映画は終わる。いつもだったら、前フリばかりで何も解決していないなんてとんでもないと文句を言うところだが、本作『形のない骨』に関しては、そんな燻った火種による張り詰めた緊張感そのものが一番の魅力となっている。脚本構成におけるお約束を逸脱し、ストーリーを紡がないからこその生々しさがある。

主人公は地方都市の古い家に住む34歳の主婦・良子(安東清子)。夫(田中準也)はシルクスクリーンの画家だが自分の作品は創らず、著名アーティスト(おそらく村上隆とか)の贋作を怪しいバイヤーに売って生計を立てている。あとは小学生の息子(杉尾夢)と、距離感のある義理の母(高田紀子)との4人暮らし。良子は生活のために弟(熊谷太志)の経営するバーでホステスのようなことをしているが、夫は気に入らないらしく、時おり暴力も振るう。

このように、家族という名前がついているからギリギリ成立しているような不完全な共同体には、ゾクゾクする。さらには、シルクスクリーンを押し当てる時のザラザラとした不快な音や、手持ちカメラによるワンシーンワンカットの撮影など、雰囲気によって居心地の悪さを強化させている。ただこの前半の段階でも、微妙に定型を外していて、たとえば良子は裏社会にも通じているであろうバイヤーにも「金を払え」と突っかかるような気が強さがある。

そんなある日、夫が亡くなる。義理の母は息子を失ったショックから軽く狂い出し、突然のように現れた義理の妹(渡邉ちえ)は、旦那(ジョーイシカワ)とともに執拗に良子の家庭に介入してくる。義理の母も義理の妹夫婦も、夫という仲介がいて初めて関係性を持つことができる。その夫がいなくなったため、さらに不安定となった共同体の中に、良子は放り込まれる。

保険金ひとつ取っても、常に綱渡りの状態だ。契約の席には義理の妹が乱入してくるし、保険会社の手続きミスのため軽いうつ病状態の義理の母のサインが必要となってしまう。何か一つでもミスをしたら、保険金を受け取る可能性が無くなるのだ。せっかく義理の母のサインをしてもらった書類を食卓のテーブルの上に置いたままにして、次のシーンでは義理の妹が良子より先に自宅に入っていくシーンがあったりするから、怖くて仕方ない。

だが、このような不穏な空気感は、最後まで処理されないままなのである。良子は普通に保険金を受け取っているし、しかしそのあとの展開から何かあったのかとも想像できるし、きちんと劇中で示されない。サイコな怪物のように拝金主義だけで行動する義理の妹も、そのままだし。判明していることは、あの象徴的なラストシーンによって、良子が改めて家族という名の共同体を再構築しようと決断したことである。この前向きな姿勢が重要だ。

仕方なく共同体の一部となってしまった周囲による、何をしでかすか解らない不穏さに対して、無関係な人びとの事務的な接触が、むしろオアシスのような安心感を与えてくれるところが面白かった。涙にくれる家族に向かって祭壇のランクを訪ねる葬儀会社の人とか、あくまで仕事として感情を出さず事務的に対応する医者とか保険会社の人とか。当初は、共同体に闖入する異物として警戒していたが、むしろ彼らの他者としての振る舞いのほうが、社会常識に即している分、安心でいられるのだ。

そのため映画が後半に進むにつれて、共同体の外側にいる他者と接しているシーンのほうが、今だけは大きな事件は起こらないであろうというモラトリアムのように機能していた。保険会社も、葬儀会社も、住職も、医者も、宅配便の人も、ましてや本来なら新たな火種を持ち込んでいるはずの警察官までも。さらには、良子が後半で仕事をする"職場"の人たちでさえも、良子に対して常識的に付き合うがゆえに、救いとして機能している。

これはボクの勝手な妄想を含んだうえでの想像なのだが、PVのジャンルではベテランである監督の映画に対するコンプレックスが、最高の形で現れたのではないだろうか。音楽も数回しか使用しないなど、とにかくPV的なものを排除し、手持ちカメラによるワンシーンワンカットなど映画的な方法にこだわるあまりに、むしろ映画的なところから逸脱しているようであった。この大胆さが、本作の持ち味であろう。

 

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