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【邦画】『馬の骨』ネタバレ感想レビュー--歌の力を信じ切っていた『いか天』出演者の誤算

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監督:桐生コウジ/脚本:桐生コウジ、坂ノ下博樹、杉原憲明
配給:オフィス桐生/公開:2018年6月2日
出演:小島藤子、桐生コウジ、深澤大河、しのへけい子、ベンガル、大浦龍宇一、信太昌之、黒田大輔、高橋洋、中村葵

 

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53点
かつて奇抜な格好のロックバンドを組んで一瞬だけTVに出た中年男が、歌手を夢見る少女と出会うことで、もう一度ライブハウスに立つというストーリー。監督・脚本(共同)・主演は、かつて『三宅裕司のいかすバンド天国』に出演したことのある桐生コウジ。役者としてのキャリアはあるが、創り手としては素人に近いため、仕方ないが粗の目立つ作品ではあった。話の骨格は定型通りなだけに、脚本と演出にプロの手を加えれば60点前後の作品には仕上がっただろうが、それでは可もなく不可もない映画群に埋もれてしまったかもしれない。

工事現場で働く中年男・熊田(桐生コウジ)は、かつて「馬の骨」のボーカルとして『いか天』に出演し、審査員特別賞を受賞したバンドマン(個人名こそ違うが、グループ名や経験などは監督の実体験と全く同じ。ちなみにキリンジの人のソロプロジェクトとは無関係)。つい同僚をスコップで殴ってしまい、職場と社員寮を追い出される。そこで不動産屋で紹介されたのが、埼玉県の田舎にある月1万5000円のシェアハウスという名の土地ばかり広い一軒家。一緒に住むことになるのは定年退職したおじさんや就活中の男子大学生、そして地下アイドルグループのメンバーとして活動している桜本町ユカ(小島藤子)である。

ユカは、歌が下手なくせにダメ出しばかりしてくるので他のメンバーから嫌われていて、ついにはライブ中にマイクを蹴飛ばされて自分だけサビを歌えないという嫌がらせを受ける(しかし目の前でこんなことやられてて、熱狂的なファンは何を思うのだろうか)。ライブ終了後、喧嘩別れの形で、ユカはアイドル卒業を宣言。夢見ていたシンガーソングライターになるべく、シェアハウスでギターの練習を始めるのだった。

ここから先はありがちな展開なのでざっくり説明するけど、熊田は、実際は警備員の日雇いなのに音楽学校の先生をしていると偽ってしまい、ユカから「私にも教えて欲しい」と頼まれるが、すぐに嘘はバレてしまう。しかも音楽活動というのが奇抜だというだけで『いか天』に出ていた売れていないバンドなもんで、ユカからは「だっさ」と軽蔑される。過去の栄光を忘れられない自分の情けなさに荒れる熊田。一方のユカはソロライブを決行するも、声が出ないわギターは弾けないわで大失敗してしまう。

熊田は、過去との折り合いをつけて決別を図るため、かつてのバンド仲間と連絡を取り、一夜限りの復活ライブを行おうと計画する。そこで、ユカに前座で出てくれないかと誘う。そして本番直前、映画冒頭にスコップで殴った若者から報復を受けて血まみれになるも、ユカの演奏が終わった後に血まみれのままステージに立ち、「馬の骨」の代表曲『六根清浄』を歌い上げる。

惜しいなあと思ったのが、音楽の力によって現実を超える、つまり映画的虚構性が生まれそうな瞬間が何度もあったのに、結局は収縮してしまったところ。ユカの最初のライブのときは、警備員の格好のまま飲んだくれた状態の熊田が客席から見ていた。この段階で、ライブハウスには不釣り合いな、少し非現実な存在となっている(しかも話の流れの中でスムーズに!)。ここでマイクをぶんどって、醜態をさらしたユカの代わりに酔った勢いでワケの解らない歌でも歌えば、現実を超えた瞬間が生まれたかもしれないが、実際は悪態をついていた客と喧嘩して、それだけである。

実質的なラストシーンである復活ライブのところは、さすがは『六根清浄』という曲自体の持つ破壊力によって、それなりに場を引っ掻き回していた。まあ、どう考えても修復不可能なほど仲たがいしていた人たちが一緒に笑って踊るほどの説得力まであったかというと難しいところだが。ただここ、ユカによる前座が、本当にただの前座なんだよね。申し訳ないがユカを演じる小島藤子に、何かを変えるほどの歌唱力があるわけではないし。吹き替えをするにしても、歌が下手という設定がここで邪魔になってくる。ここ、どうにか脚本をいじって、強引にでもユカと熊田が一緒にステージに立ってパフォーマンスすべきではなかったか、物語の構造としては。

(ちなみに、この復活ライブに来ていた客として、本人役で音楽評論家の萩原健太と、たまの石川浩司が特別出演していた。ここで萩原健太がユカの才能を認めてプロデビューしたみたいな展開になったら心底嫌だなあと思っていたが、そんなことは無かったので良かった)

さて復活ライブ終了後、登場人物それぞれが前を向いて歩きだしたというラスト。『いか天』審査員特別賞の盾を燃やした熊田は、工事現場に戻り、大きな杭を木槌で地面に打ち込む仕事に取り掛かる。ここで、熊田の木槌を打つ音がビートを刻み、銃器の音などと合わさってアンサンブルを奏でているかのように聞こえてきたところでエンドロールが始まる。北野武監督『座頭市』を彷彿とさせる(あとで知ったが、桐生コウジは『座頭市』に出演していたのだった)シーンで、なかなか良かったのだが、ここも非現実なほどぶっ飛んだ状況にしてしまえばもっと良かったのではないかと、やっぱり少し残念に感じた。

結論としては、監督が歌の力を盲目的に信じ切っていて(それはロックバンドのボーカルであったゆえ、仕方のないことだが)、歌さえ歌えば何かが伝わるというところで思考がとまってしまっていたのではないかと。『六根清浄』は曲自体に力があったから歌うだけでもいいとして、少なくともユカのところに関しては、歌の力を客観的に伝わらせるために映画的な何かしらの変換をしなくてはいけなかったのではないか。

 

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