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【邦画】『ちはやふる -結び-』感想レビュー--音も光も全てをコントロールした、おそらく2018年の最高傑作エンタメ映画

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監督&脚本&編集:小泉徳宏/原作:末次由紀
配給:東宝/公開:2018年3月17日/上映時間:128分
出演:広瀬すず、野村周平、新田真剣佑、上白石萌音、矢本悠馬、森永悠希

 

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83点
小泉徳宏監督は、技巧の人である。音響、照明、撮影などなどにおいて、隙あらばテクニックを詰めこもうとする。そのテクニックひとつひとつを単独で抜き出せば、大したものではないだろう。ひとりがずっと喋っている時に、もうひとりの顔を一切映さないとか、別に珍しい演出ではない。しかし2時間の映画に所狭しとテクニックがぎゅうぎゅうに挿入されることで、映画は魂を帯び、傑作へと変化する。

 

『上の句』がTV放映されたとき、小泉監督は「音の空間の演出だけはどうにも。」と述べていた。本作の音へのこだわりは、映画館でないと体感できない。そして、映画館という空間が本領を発揮するのは、大きな音よりも小さな音、そして無音である。静寂の演出は、AV機器がいくら進化しようと、部屋が日常のままではどうしようもないのだから。

百人一首の試合では、いくつかの美しい音が発生する。読手の声であり、札を取るときに畳を叩く大きな音、そして団体戦における仲間内での掛け声である。これらの"音色"は、静寂という基本ベースがなければ、美しさを感じ取ることができない。今回はさらに、声が小さい新キャラクターも登場し、音の強弱への意識がはっきりと伝わってくる。あの声、TV放映では聞き取れないのではないか。

これは一例で、本作の中では、音も光も風も雨も監督の手によって全てコントロールされている。世界を創造する神であるかのように、スクリーンに映る全てを意のままに動かす。映画とは本来そういうものだが、ここまで全てに気を配れる人は非常に少ない。しかも日本の、エンタメ大作を撮る監督では、ほんの一握りにしかない才能である。

光で言えば、たとえば太一(野村周平)が予備校の部屋を出る時に照明が段階的に消える演出。何気ないシーンではあるが、人工的な照明計画と人物の心象を重ね合わせていて、気が利いている。ここ、けっこう不意打ちで、不覚にもグッときた。あと特に目立ったのは、ひとつの場面内でのピントの変更(たしかこれを表す映画用語があったはずだけど、思い出せない)という演出が尋常じゃないくらい多用されていたこと。やりすぎなくらいだったが、ここまで多いと作品の風格を作るための要素となっていた。

本当は最初から1シーンごとに解説していきたいくらいの気分だがそうもいかないので、これから鑑賞する人は、映画中盤の東京予選試合のシーンをじっくり観てほしいです。音と、光と、カメラの動きと、ピントと、まあとにかく様々なテクニックを意識してみてください。圧倒されるから。顧問の先生(松田美由紀)が会場についた時の長回しも、普通なら「そんなタイミングで?」と思いがちだが、緊張感を高める効果が抜群であり、素晴らしかった。

テクニックの話ばかりになってしまったが、きちんとオチをつけるために原作から変更した脚本も、各キャラクターへの配分が絶妙で、見事に決まっていた。この物語の「結び」にふさわしい対戦カードは誰かを考え抜いたうえで、普通ならラスボスとして君臨すべき人物たちとは対戦させないという思い切った構成は大胆かつ完璧。また、告白から始まり、高校生の淡い恋模様が下地となって物語が走っているので、『下の句』では目立たなかった「他人の恋ならおまかせを」こと大江奏(上白石萌音)が裏回し役として縁の下で本領発揮していたのも好印象。惜しむらくはヒョロくんの出番が極端に少なかったことか。『上の句』の噛ませ犬なのだから、何かしらの落とし前をつけてあげてほしかったが。

 

※ ちなみに、ボクが原作を読んでいて最も感情移入したのが、ヒョロくんなんである。メイン3人と小学生の頃から知り合いなのだが、忘れ去られていたり、実力がはるか及ばなかったりといったことが、前半では単発のギャグとして出てくる。だが話が進むにつれて、そういった件が「けして主人公になれない者」が持つ哀愁に繋がっていき、さらには「けして主人公になれない者」だからこその境地に達するまでになる。何をするにもトップになれない自分に希望を与えてくれた存在である。

 

とにかく、全てのカットに一手間が入り、一瞬でも目が離せない傑作なので、絶対に映画館で観たほうが良いです。純然たるエンタメ作品で、ここまでレベルが高いものは数年に一度しかないから。途中で急に挟まるアニメが唐突だと最初は感じたが、まさかそれがラストでそう繋がるのかと驚いたし。そこも計算ずくか。つくづく恐ろしい。

 

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過去作レビュー

『上の句』

yagan.hatenablog.com

 

『下の句』

yagan.hatenablog.com