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【洋画】『15時17分、パリ行き』感想レビュー--完全に良い意味で「一体、何を見せられているんだ?」と口にしてしまう変な映画

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監督:クリント・イーストウッド/脚本:ドロシー・ブリスカル/原作共著:ジェフリー・E・スターン
配給:ワーナー/公開:2018年3月1日/上映時間:94分
出演:アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン

 

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67点
変な映画である。映画館で「一体、何を見せられているんだ?」という思いになることは多々あるが、完全に良い意味でこのセリフを発することになろうとは。しかもクリント・イーストウッド監督作で。

すでに方々で語り尽くされている映画なので今更解説するのもアレだが、2015年に高速鉄道内で起こったテロ未遂事件を、その時の当事者(役者ではなく、一般人)を主演にして再現したという、改めて考えると謎すぎる映画である。イーストウッドの名前が無かったら「え、何それ?」と思ってしまう案件だ。

15時17分、パリ行き (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

15時17分、パリ行き (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

  • 作者: アンソニーサドラー,アレクスカラトス,スペンサーストーン,ジェフリー E スターン,田口俊樹,不二淑子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/02/09
  • メディア: 文庫
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時制は行き来するのだが、主人公でありテロリストを取り押さえてヒーローとなった3人の子供時代から始まる。彼らは小学校時代からの友人なので、まずは当時の学校や家庭での状況と、3人の出会いが示される(ここで演じるのは、ちゃんとした子役)。片親だったり教師からはしょっちゅう呼び出されていたりと、ここは序章としては良い感じである。

ただ、こういった子供時代に示された要素が、「テロを未然に防ぐ」という結末と繋がっているわけではないのだ。ひとつだけ、ひとりが銃マニアだったのでテロリストの銃を奪って分解できたという点はあるが、それだけ。不遇な子供時代だったからどうのこうの、というのは一切ない。考えてみれば当たり前であるが、これは現実なのだから、作り話のように全てがかち合っていくわけではない

さらに、3人のうち2人は軍人となる。その過程でもまた決意だったり挫折だったりといったドラマがあり、しんみりさせられたりする。ここで経験した救命処置の勉強だったり柔術だったりが、テロを防ぐのに役立つわけであるが、心理的な部分(身体的な理由で希望した職種につけなかった悔しさ、とか)については無関係だ。

「一体、何を見せられているんだ?」感がピークに達したのは、彼らがヨーロッパ旅行をしているシーン。もう、普通にただの観光。ローマではコロッセウムにスペイン広場にトレビの泉を回り、自撮り棒で写真を撮ったりしている。割とその場のノリで行き先を決めていたりするので、「偶然、あの列車に乗った」ということを伝えたいのだろうが、まさかイーストウッド映画で、ただの兄ちゃんのヨーロッパ旅行を見せられるとは

で、肝心のテロ未遂のシーンだが、ここが常軌を逸している。本物の列車を借りて、本当に300キロで走らせた中で撮影し、照明は全て窓からの自然光にしている。さらには、主人公3人だけでなく、他の乗客やテロリストに撃たれたビジネスマンとその妻まで本人を使っている。ただただ、当時の状況を極限まで再現しようとしている。「映画とは虚構である」という大前提に真っ向から勝負を挑むかのように。虚構性を極力消し去ることで、余計なフィルターは排除され、彼らのヒーロー像がより真実味を帯びてくる。

これは、偶然の物語だ。彼ら3人があの列車に乗り合わせたのも偶然。テロリストに殺されることなく捕まえることができたのも偶然。撃たれた男性が一命をとりとめたのも偶然。テロリストを捕まえるという英雄譚は、偶然が生み出したものであると示されていく。その中で偶然ではないものは、過去の環境でも思想でもなく、彼らがテロリストに向かっていった自らの意思それだけであり、その一点で彼らはヒーローなのである。


ちなみに、『15時17分、パリ行き』のパンフレット、監督と主演のインタビューに加え、テロ未遂事件の背景も詳細に解説されているし、青山真治や樋口泰人や中原昌也や宇野惟正などなどビッグネームによる寄稿も多く、やたら読みごたえがあるので、買って損はないですよ。

 

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