58点
ジャクソン・ポロックの未発表作品『ナンバー・ゼロ』が発見され、香港のオークションにかけられることになる。「ゼウス」と呼ばれる美術コレクターが金に糸目をつけずに狙っているが、裏では謎の窃盗集団「アノニム」が、贋作とのすり替えを企んでいる。一方、香港のアーティストを夢見る高校生は全く新しいアート表現を思いつき、自宅アパートで狂喜していた。
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さて、ここでジャクソン・ポロックという名前にピンとこない人は、この小説の醍醐味を味わえないかもしれない。前段では一切の説明を省き、絵画ということさえ触れなかったが、高校生が「思いついた」というアート表現はもちろんポロックが100年以上前にやっているアレである。一応ちゃんと小説内で詳しく説明されるし、ポロック作品の魅力も伝わるような文章となっているが。
著者である原田マハは、ニューヨーク近代美術館への勤務経験もあるキュレーターである。前作『暗幕のゲルニカ』を読んだ時も感じたことだが、この著者はアート作品そのものの魅力に対して全幅の信頼を置いている。そのため小説が、取り上げているアート作品の存在に負けているのでは、と思ってしまうことが多々ある。
ストーリーとしては、最初の4分の1も読めば大枠はある程度予測でき、実際その通りになる。サスペンス的な盛り上がりが少ないのと、贋作を掴まされることになる「ゼウス」の顛末が一切書かれないのは消化不良だが。というか、この「ゼウス」、設定だけならラスボス感が半端ないのだが、物語中ではいなくてもいいような脇役なんである。
予測できないのは窃盗集団「アノニム」の真の狙いで、それは最後の最後に判明するのだが、ポロックの持つアートの力を信頼しきっているからこその展開なのだろう。それにしても、ネタバレを避けるためぼやかすが、アートに何の見識もない一般人が、ポロックの絵画をいきなり見せられて、何か衝撃を受けるのだろうか。
アートに触れる際には、鑑賞した際の印象だけではなく、作者の境遇や時代背景だったりといった教養を元にして文脈を読み解くことが必要だと思っている。特にジャクソン・ポロックの作品なんて、印象論でどうにかなるもんじゃないだろう。ある程度の事前知識を著者は読者に与えてくれるものの、このラストからはポロックの力そのものに依存しているとしか思えない。
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