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【邦画】『Daughters』ネタバレあり感想レビュー--三吉彩花の主演作ですら無かったことにされる、話題の超大作が公開されたときのネット風潮

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監督&脚本:津田肇
配給:イオンエンターテイメント、Atemo/上映時間:105分/公開:2020年9月18日
出演:三吉彩花、阿部純子、黒谷友香、大方斐紗子、鶴見辰吾、大塚寧々

 

注意:文中で終盤の展開に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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昨年、『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』という映画があった。松重豊と北川景子が年の差夫婦を演じ、長年かけて不妊治療に挑む様子を描いたヒューマンドラマで、全国のシネコンで公開された。これが、デリケートな話題を普遍性のある物語にした傑作で、個人的にも映画館で泣いた昨年唯一の作品である。だがこの映画、ほとんど話題にならず、公開されたことすら気付かれていないかのように消えていった。なぜならこの時期、映画好きを公言するほとんどの人が、同日公開の『ジョーカー』で頭がいっぱいだったためである。

このように、SNSなどネット上がその話題で一色になるような超大作と同日公開だっただけで、良い悪いの評価以前に、話題に上ることすらないまま良質な映画が消えていくことがある。ボクはこれを「ヒキタさんの悲劇」と呼んでいる。映画系のブログや動画チャンネルを運営しているならば、なるべくアクセス数を稼ぐために皆が興味ある話題作を優先的に取り上げるのは仕方ない。だがその裏で、こうして音も無く消えていく映画があることに、少しだけ目を向けてほしいと切に願う。

さて今現在、ネット上を一色にしている映画といえばクリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET』で間違いない。続いて『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』があり、この2つが話題を独占している。同じ週に公開された他の作品は半ば無視されていて、アニメ版『思い、思われ、ふり、ふられ』ですら、話題に上ることは少ない。

で、今回取り上げるのが『Daughters』という映画。配給にイオンエンターテイメントが入っているため全国のイオンシネマで公開されているが、東京都内だと公開館はミニシアターが多く、けして規模は大きくない。しかし主演のひとりである三吉彩花は、映画界にとって次世代のミューズと期待される存在だ。実際、ちょっとセクシーな写真が雑誌の表紙になっただけで、やたら盛り上がっていたではないか。そんな彼女の主演作が無視されているとは、何たることか。

そんな義憤にかられたために今回はここで取り上げるわけですが、先に言っておきます。ボクはこの映画、苦手です。今から、なぜこの映画が苦手なのかつらつらと理由を書きますので、本作が大好きな方はそっとブラウザを閉じたほうが賢明かもしれません。良いも悪いも語られないまま消えていくことを避けるがための所作ですので、悪しからず。

では、あらすじ。ともに27歳で、イベント関係の仕事をしている女性・小春(三吉彩花)と綾乃(阿部純子)は、中目黒のマンションでルームシェアしていて毎日を楽しく暮らしている。だがある日、綾乃が男友達と一夜の過ちを犯し、妊娠してしまう。相手の男には黙ったまま子供を産んでシングルマザーになると決めた綾乃と、共に生活しながら傍らで見守る小春の、出産までの日々がつづられる。

と、内容はこれだけなんである。身重だけど周囲に黙って仕事したり、親に報告したり、あとは2人が軽く喧嘩して小春だけ沖縄に行ったりとかはあるけど、どのエピソードも妊娠生活における些末な延長でしかない。そこに、いかにもなBGMと、いかにもなライトアップで演出されたイメージ映像を何度も挟むことで、上映時間を水増ししている。津田肇監督はファッションイベントの演出家であり長編映画は初めてらしいが、とても他ジャンルの表現に挑戦しているようには思えない。

最近の公開作でスタイルが似ているのは『WAVES/ウェイブス』だが、あちらの場合は衝撃的な物語や登場人物たちの深淵な悩みなどが、ファッショナブルな音楽や映像と絡み合うことで、重厚さを産み出していたわけだ。本作の場合、盛り上げるべき物語が平坦というか、もはや物語ですらなく単なる展開なので、いくらファッショナブルな演出で装飾しても作品全体の空虚さが際立つだけになってしまう。

そもそも、中目黒に住んでいてクリエイティブ系の仕事は順調で洒落た店で食べたり飲んだりしている27歳の女性なんて、世間的な基準では超のつく勝ち組であろう。妊娠のせいでリッチな生活が揺らぐこともなく、職場も親も好意的に接するので立場は保たれたままだ。そういう優しい世界も存在するのだろうけど、現実社会における平均的なシングルマザーの現状とは乖離しており、鼻持ちならない印象ばかり受けてしまう。

だが、監督自身が内包している嫌味なスノッブさを、そうとは気づかずにそのまま世間にさらけ出している作品は、ある意味では貴重ではないか。そう考えれば、作家性の強い作品と言えないこともない。妊娠や出産をテーマにしながら生々しさは皆無で、既存の社会システムに問題提起するわけでもなく、ただただファッショナブルなだけの作品だなんて、よほどの世間知らずでなければ撮れないのだから。

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