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【邦画】『グッドバイ、バッドマガジンズ』感想レビュー--ひとりでも誰かの価値観を変える力があるのなら、それはまだ「文化」である


監督:横山翔一/脚本:横山翔一、山本健介
配給:日活/上映時間:102分/公開:2023年1月20日
出演:杏花、ヤマダユウスケ、架乃ゆら、西洋亮、山岸拓生、菊池豪、岩井七世、西尾友樹、タカハシシンノスケ、長野こうへい、善積元、山口大地、木村知貴、大迫茂生、ジューン・ラブジョイ、カトウシンスケ、グレート義太夫

 

注意:文中で中盤以降の内容に触れていますので、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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時は2018年4月。大好きなカルチャー雑誌を発行している出版社に晴れて新卒入社した詩織(演:杏花)。しかし配属されたのは男性向け成人雑誌の編集部であった。希望とは全く違う知らない仕事を強制的にさせられ、その中で揉まれて奮闘していくうちに人間的にも成長していく展開は、『プラダを着た悪魔』などいくつも例がある王道パターンである。

出入口には奇麗なエントランスがあり、おそらくは自社ビルを持つ中規模の出版社と思われる。時代を引っ張ってきたカルチャー雑誌、BLを中心とした漫画誌、男性向け成人雑誌を扱う3つの部署があり、カルチャー雑誌の赤字を漫画誌と成人雑誌の売り上げで補填していると、最初に説明される。門外漢なので解らないが、2018年でもまだ、こんな感じだっただろうか。イメージとしては、成人雑誌はすでに廃れていた時期のような気もする。本作を制作するにあたって関係各所に取材を重ねたらしいので、間違いではないとは思われるが。

東京五輪誘致のための都市の浄化計画の一環として、大手コンビニでは成人雑誌に立ち読み防止のシールがつけられるようになるのが、ちょうどこの時期である。この一件が成人雑誌への打撃になったらしい。そして約1年後の2019年1月には、大手コンビニ3社は成人雑誌の販売を取りやめた。映画は2018年から2020年初頭までを描いており、政治の都合でひとつの文化が終焉していく時期と重ねている。

さて、この映画、やたらと展開が速い。入社してから数日は、ひたすらシュレッダーで女の裸の写真を裁断するだけだった詩織だが、女性向け成人雑誌の立ち上げに関わるのを経て、約半年後にはかつて自分がされていたような態度で後輩に接するようになる。後輩からキャプションをどうつければいいか聞かれたら、大量のエロワードを滝のように次から次へと繰り出し、「和同開チン」という造語まで飛び出す始末。成長が早すぎる。

前半と後半で主人公の立場が反転するのは定石だが、しかし編集素人だった新入社員が半年でこれである。詩織がスーパーマンというよりは、成人雑誌を取り巻く環境の移り変わりの速さと対峙させているが故であろう。詩織が仕事が生きがいとばかりにバリバリ成長していくのと真逆に、成人雑誌を取り巻く環境は目に見えて凋落していく。編集部員はひとりまたひとりと去り、順調に勢力を拡大しているBL漫画誌の編集部が侵食してきて隅に追いやられる。そんな最中、編集部員の過労がピークに達し、ついに事件が起こる。

その事件を経て、成人雑誌が実は相当に軽く扱われていることに、詩織はショックを受ける。自分にとっては大切であり拠り所としている世界が、他者からは全く別のものに捉えられていることに気づいてしまう辺りは、たまたま最近読んだからだが、小川哲の小説『君のクイズ』に近いものを感じた。

詩織は、成人雑誌すなわち人間の性愛なるものがそこまで軽くて即物的であるのなら、自らも性愛を軽く扱おうと挑戦する。そして、なんとそこから高尚さとは別の文学性を見つけ出すことに成功する。「ナックルズかよ」というツッコミが、その状況を的確に評している。詩織は成人雑誌を経て自らの持つ文学性を別の形に更新したのだ。ひとりでも誰かの価値観を変える力があるのなら、それはまだ「文化」であろう。

個性的な脇役たちの、リアルな範疇の中で適度に狂っているキャラクターが、みんな良い。仕事に対する情熱と現実との折り合いをそれぞれの方法で保っている編集部員たちのみならず、単純な悪ではなくどうしようもない屈折と悲壮感を抱えた営業部長とか、冷徹なのかサイコなのか何だか解らない若き役員とか、誰もが愛おしくなる。政治の暴走の巻き添えを食う末端の人々という非情さが根底にあるのだが、彼らの"死に様"すらも、何か見ていて楽しくなってくる。それもまた成人雑誌の備えている「文化」の力なのかもしれない。
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