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【邦画】『いつくしみふかき』感想レビュー--シリアスな演技をするほどコメディになる渡辺いっけいの稀有な才能

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監督:大山晃一郎/脚本:安本史哉、大山晃一郎
配給:渋谷プロダクション/上映時間:107分/公開:2020年6月19日
出演:渡辺いっけい、遠山雄、平栗あつみ、榎本桜、小林英樹、こいけけいこ、のーでぃ、黒田勇樹、三浦浩一、眞島秀和、塚本高史、金田明夫

 

注意:文中で中盤以降の展開に触れています。未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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舞台は信州の小さな集落。産気づいた女性・加代子(平栗あつみ)のいる病院に集まる、その女性の両親と兄(小林英樹)。だが肝心の夫・広志(渡辺いっけい)が来ていない。兄が自宅まで呼びに戻ると、広志はちょうど妻の実家の金を盗もうとしていて、さらには兄の足を包丁で刺して逃走。集落の者が総出で森の中を捜索し、ついには捕らえられる広志。兄は拳銃を向けるも、牧師・源一郎(金田明夫)の一言によって留まる。広志は源一郎に連れられるようにして集落を去る。

それから30年後。あのとき生まれた子供・進一(遠山雄)は、すっかり大人になり、加代子とともに暮らしている。叔父(母の兄)からは「足の古傷が痛む」と嫌味を言われるし、住民からはアイツの子供だと白い目で見られ、その視線から仕事もままならない。ついには空き巣の濡れ衣を着せられ、住民からの「出てけ」の大合唱により、集落を追い出される。

と、このように序盤のストーリーを文字で書いてみると、最近流行りの隠滅とした「閉塞した地方」モノのように思える。でも実際のところ、映画の創りとしては喜劇なのだ。進一が就職の面接をすっぽかして全裸うつぶせで川を流れているシーンとか、笑わせようとしている以外の狙いは無いだろう。

進一を演じている遠山雄の実体験がベースらしいが、序盤の村八分の一件を過ぎてからは急に軽いノリになるので、それまでの生々しさが消え去ってしまう。かといって、地方都市に根付く排他主義や血縁の問題などは作劇における定型として割り切って利用しているエンタメだと捉えようとしても、序盤の理不尽な陰湿さとの食い合わせが悪い。

光と影の処理など、きちんと作り込んだ演出による冒頭から進一が村を出ていくまでの話は、その後の展開の推進力となっているはずなのだが、結局この村八分の件はうやむやどころか解決しようともしない。空き巣の犯人も捕まらなければ叔父との邂逅も無いに等しいのだ。別に話が軽くてもリアリティがなくてもいいのだが、話を転がすのに散々利用していた序盤のフリを放っぽり出したまま終わらせるのは、脚本が不誠実でしかない。

たしかに中盤以降は、各シーンを切り取れば、見どころがないわけではない喜劇が連なる。いろいろあったうえで源一郎の策略によって進一と広志が互いに親子とは知らずにひとつ屋根の下で暮らすとかは、設定だけなら面白くなりそうである。まあ、すぐに源一郎が加代子を呼び寄せて親子3人全員が真実を知るため、せっかく作った設定をさっさと壊す流れになるのは残念だったが。というか、源一郎の行動が全体的に意味不明で、この牧師のせいでややこしくなっているとしか思えない。

とまあ文句が多くなってしまったが、見どころはあって、映画初主演である渡辺いっけいの演技と本作の性質がマッチしていたのだ。渡辺いっけいなる役者は、シリアスな演技をすればするほど、空間をコメディチックにしてしまう魔力がある。けなしているわけではなく、どんなに真顔でいても深みを出さないでいられるのは、稀有な才能だ。親子の絆を感じさせたり、あるいはハードボイルド風味のシーンとか、状況自体はシリアスなのに、渡辺いっけいが真顔ですましているだけで軽薄な空間になる。それが本作と非常に相性がいい。

他の役者も基本的にオーバーアクトはせず、重厚な演技を保とうとするが、誰も彼も深みがない。まるでスクリーンに映る全ての人間が渡辺いっけいであるかのよう。まさに、渡辺いっけいしかいない世界。もはや、この映画『いくつしみふかき』と渡辺いっけいをイコールで結んでも差し支えない。
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