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【邦画】『許された子どもたち』感想レビュー--タイトルの「子どもたち」とは誰なのか?

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監督:内藤瑛亮/脚本:内藤瑛亮、山形哲生
配給:SPACE SHOWER FILMS/上映時間:131分/公開:2020年6月1日
出演:上村侑、黒岩よし、名倉雪乃、阿部匠晟、池田朱那、大嶋康太、清水凌、住川龍珠、津田茜、西川ゆず、野呈安見、春名柊夜、日野友和、美輪ひまり、茂木拓也、矢口凜華、山崎汐南、地曵豪、門田麻衣子、三原哲郎、相馬絵美

 

注意:文中でラスト近くの展開に軽く触れています。未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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観終わってから、改めて思う。タイトルの「子どもたち」とは誰なのか? というのも、物語のほとんどは同級生を死なせた少年・市川絆星(きら)ひとりだけを追っている。たしかに、現場にいた4人の少年全員が家庭裁判所で不処分となっているが、そのうち立場の弱かった1人は絆星に気づきを与えるための小道具のような存在となり、ほかの2人に至っては、その後の行方は語られない。タイトルの「たち」に反して、この映画は絆星ただひとりの物語でしかないのだ。

不良少年グループのリーダー・絆星は、いじめていた同級生の倉持樹に割り箸でボーガンを作らせ、河川敷に持ってこさせる。反抗的な態度が垣間見えた樹に対して無表情でボーガンの矢を放つ絆星。矢は樹の首に命中して息絶える。絆星たちは逃げ出し、ボーガンを燃やして証拠隠滅する。しかし防犯ビデオに彼らの姿が映っており、警察が家にやってくる。

警察官が子供と一対一で事情聴取を行ったことから自白の有効性が問われたり、絆星を庇って母親が嘘をついたりしたため、タイトルから予想されるとおり家庭裁判所では不処分となる。しかしネットでは絆星の名前や住所が晒され、自宅の外観は落書きや張り紙でめちゃくちゃにされる。樹の両親は民事訴訟を起こし、絆星の母親は「息子は無実です」と通学路でビラを配り始める。絆星の生活はままならなくなり、半年後には知らない町に家族で引っ越して、名前を変えて新たな生活を始める。

「山形マット死事件」では警察官が親を同席させずに供述させたことで問題になった。加害者の母親がビラを配ったのは「大津市中2いじめ自殺事件」と同じだ。本作は、過去の様々な少年犯罪で起きた事象を劇中に落とし込んでいる。そのため、エンドロールでは少年犯罪に関する大量の書籍が参考文献として挙げられている。こんなエンドロール、初めて見た。

虚構的な空間設計ではあるのだが、実際のエピソードが散りばめられているため、現実社会と地続きの生々しさは常に保たれている。そんな中で絆星は口数も少なければ表情も乏しく、ただ瞳の奥に何かを隠しているようである(演じる上村侑の眼力が素晴らしい)。彼の苦悩は誰しもが想像できる。家庭裁判所から「許された子ども」のお墨付きを与えられた絆星は、実際に樹を死なせたにもかかわらず、贖罪の機会を奪われたのだから。

引っ越し先の学校にて、いじめられていた女生徒を守ろうとしたのは、贖罪の代わりになると踏んだからだろうか。クラス内で自分が絆星だとバレて教室が狂乱の空間となっても俯いて黙ったままだったのも、これで罰を与えてもらえると期待したからか。そんな安直な判断はできないが、鎖でぐるぐる巻きにされたような、身動きの取れない苦しさは伝わってくる。贖罪によって過去を清算しなければ、未来には進めない。絆星だけ時間が停滞している。

それでも絆星は自分なりに行動を起こす。まずは無実を妄信する母親から一旦離れる。そして、ある場所を訪れる。個人的には、この場所がスクリーンに映った時に、はじめて救いを感じた。それまでは絆星視点のみの描写だったために示されなかったが、今のネット監視社会では当然起こっている別の件が、初めて可視化されるのだ。絆星がこの件を認識したのは、彼にとっては前進であろう。そこから出会う人々の言動も、絆星にとっては指針となる。絆星の土下座を阻止する、あの人なんて特に。

そして、ここまでずっと抑え込まれ続けていた感情が、暴力性を伴って爆発したとき、絆星と同様に観客もまた高揚感を得るのである。もはや少年法だのネットだのといった社会システムについてはどうでもよくなり、理解より先に身体性を通じて絆星への共感を得てしまう。それまでの「贖罪の機会を奪われた苦悩」を共に体感しているゆえ、ひたすら絆星との共犯関係を快楽と共に結ばれ、抗うことは不可能だ。かような状態に陥れられた我々観客こそが、タイトル「許された子どもたち」の、「たち」ではないか。

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