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【邦画旧作】『理由』感想レビュー--大林宣彦監督の隠れた名作は、虚構の積み重ねによって現実を創り出す

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監督:大林宣彦/脚本:大林宣彦、石森史郎/原作:宮部みゆき
配給:アスミック・エース/上映時間:160分/公開:2004年12月18日
出演:岸部一徳、大和田伸也、久本雅美、山田辰夫、伊藤歩、勝野洋、多部未華子、加瀬亮

 

注意:文中で直接的に結末には触れていませんが、未見の方はネタバレにご注意ください。

 

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数々の関係者の証言を聞くことによって、事件の真相が徐々に浮かび上がってくる。多視点の構造を用いたミステリはそれだけで一つのジャンルになっているし、ルポライターの取材内容を軸とした宮部みゆきの原作小説も含まれよう。だが大林宣彦監督によって映画化された本作は、それとは別種のように思える。事件の真相などよりもっと重大なものが浮かび上がってくるのだから。

荒川区にある高層マンションの一室で、4人の殺人死体(1人は窓から外に転落)が発見される。映画本編はまず、転落した死体を発見したマンション管理人(岸部一徳)の語りから始まる。カメラ目線で当日の出来事を淡々と抑揚なく語り始める管理人。岸部一徳のキャラクター性も相まって、感情が欠落しているかのような気味悪さがある。その語りと並行して当日の出来事のシーンも挟まってくる。

基本的には、各々の登場人物について、カメラ目線による語りと、その当時の回想シーンがセットになっている。この一連が、膨大な数の役者によって繰り返されるのだ。ワンカットのまま取材シーンが回想シーンに変化していたりなど、技巧的に目を見張る箇所も多い。

ただ気になるのは、最初にこれはTVの取材だと明かされているのである。ベテランの役者も数多く出ているのに、慣れないカメラを向けられた一般人の設定を守っているせいか、たどたどしい棒読み演技が目に付く。さらには、取材対象者や周囲の人がインタビュアーにお茶を出したり、たまに画面にガンマイクなどが写ったりと、カメラの反対側の存在を嫌でも意識させられる。こうしたことから観客との間に越えられない線が引いてあるがの如く、何か全体が作り物のような虚構性を常に感じるのだ。

こうした虚構性は、大林宣彦監督作品には共通するものである。だが、都会の闇とも繋がる事件を扱った社会派ミステリにとっては観客の没入感は絶対条件であるゆえ、大林的な虚構性は邪魔になりかねない。後半でのダメ押し超展開によって、これが虚構であることを更に強調してくるし。もっとも本作『理由』は、社会派ミステリといった側面に主眼を置いていないのだろう。たしかに明かされる事件自体は原作と同じく風変わりで社会の暗部を切り取ったものであるが、そこを注目させる造りになっていない。

では何が印象に残るかというと、膨大な取材対象者の人となりや家族関係なんである。たとえば事件の起きた部屋の隣人(久本雅美)は、物語上は事件の一部を目撃しただけの人なのだが、手話で会話する夫のほうが気になってしまう。たまたま隣に住んでいただけなのに、さも重要そうなバックボーンを持っているのだ。もちろん、夫と手話で会話している件は本筋とは一切関係ない。

そのように、取材対象者の人となりや家族関係、つまり一言で言えば「他者の生活の一部」が、矢継ぎ早に幾つも提示される。そのひとつひとつはインタビューの端々から漏れ伝わる断片でしかなく、「他者の生活の一部」が伏線となって事件と繋がることもない。よくある嫁と姑の諍いとか、そういったものが羅列されるのみだ。

そうした過程により、「他者の生活の一部」の断片が折り重なった世界ができあがってくる。これこそが、我々の暮らす社会ではないだろうか。人と人とが関わる以上、「他者の生活の一部」の断片を否応なく知ってしまうのが日常だ。しかしそれはあくまで断片でしかない。

虚構的な「他者の生活の一部」の断片を折り重ねることで、我々のいる現実に近づけてくる。逆に捉えれば、我々のいる現実は「他者の生活の一部」の断片でできているのだと、大林監督はメッセージを訴える。そしてその現実は、いくつもの思惑が交差して起こった、劇中の風変わりな事件とも近しいものだと看過しているのだ。

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