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【邦画/ドキュ】『世界一と言われた映画館』ネタバレ感想レビュー--ありがちな思い出話の中に仄めかされる、もやもやとした負の側面

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監督:佐藤広一
配給:アルゴ・ピクチャーズ/上映時間:67分/公開:2019年1月5日
出演:大杉漣(語り)

 

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61点
映画は、商店街の一角を焼き尽くす火災の映像から始まる。消火活動にあたっていた消防士のインタビューをもとに、当時の惨状が生々しく示されていく。焼失したのは約22万5000haという広範囲で、1774棟もの建物が失われた。数字だけ見ても大きすぎてピンと来ないが、報道ヘリから撮影された、町の一部が真っ黒になった空撮映像のインパクトは絶大である。

1976年10月29日に起きた酒田大火と呼ばれるこの大火事の火元が、淀川長治をして世界一と言わしめた映画館「グリーン・ハウス」であった。それなりの尺による酒田大火の詳細が語られた後は、かつての従業員や常連客などによる、いかにもなインタビューによって、港町の小さな映画館の思い出が語られていく。だが、壮絶な火災の映像を見せられた直後では、素直にノスタルジーを共有するのにも躊躇する。

「グリーン・ハウス」は、戦後の酒田市の繁栄を担った存在だが、同時に大火の火元という「市民にとって思い出したくない記憶」も抱え持っている。このドキュメンタリー映画は、直接的に「グリーン・ハウス」に対する市民の複雑な感情をクローズアップしない。かといって無視しているわけではない。冒頭で酒田大火の様子を観客の脳裏に刻み込ませているので、当時の関係者が思い出話に花を咲かせるほど、あの燃え盛る町の様子がフラッシュバックする。

どれだけ意図されたものか解らないが、劇中で語られる「グリーン・ハウス」への郷愁の中に、もやもやとした負の側面が仄めかされているのだ。大火の火元というのもそうであるし、経営者である佐藤久一の胡散臭さも、笑い話のようなエピソードの中に仄めかされる。別に誰もそんなことは言っていないのに、佐藤久一なる人物に良い印象を持たない人も多かっただろうと予想できてしまうから不思議だ。なお、火災の発生時には佐藤久一は「グリーン・ハウス」からは手を引いていたため直接の責任は無いのだが、市民の心の奥底では結び付けられている模様である。

ともあれ、「グリーン・ハウス」における負の側面の仄めかしのせいで、単純なノスタルジーになっていない。極めつけが、子供の頃に「グリーン・ハウス」に通っていたという女性歌手のインタビューである。高級感があって憧れの場所だったという「グリーン・ハウス」の思い出を語っているその流れのまま、酒田大火で家を失ったという話を始めるのだ。本人の中で折り合いがついていることは語ってくれるが、突然の両義性にこちらは面食らう。

おそらく「グリーン・ハウス」や佐藤久一に恨みに近い感情を抱いている人、あるいは記憶から消し去りたい人も、今の酒田市にはたくさんいるのだろう。この映画の成り立ち上、そういった人たちの声も拾うべくジャーナリスティックに粘り強く取材を続けることは無理である。そこで本作は、思い出話の中に負の側面を仄めかすという手段を取ることで、ありがちなインタビュー主体のドキュメンタリー映画とは一線を画している。

 

 

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