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【邦画】『心魔師』ネタバレ感想レビュー--作品中の仕掛けが、あくまで雰囲気づくりの一環として機能している好演出

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監督:今野恭成/脚本:後閑広、今野恭成、牛牛
配給:アルタミラピクチャーズ/公開:2018年10月27日/上映時間:95分
出演:生津徹、真崎かれん、阿部翔平、阿部翔平、陳懿冰、伊東由美子、小橋めぐみ、柳憂怜、竹中直人

 

64点
タイトルにもありますが、下記文章の中盤以降で軽くネタバレ(直接的な表現はしませんが、読めば普通に解っちゃう程度)しますので、未見の方はご注意ください。個人的には、ネタバレしたところでこの映画の面白さがガクンと落ちるとは思わないのですが、それでもファーストインプレッションからくる魅力は減ってしまうので、できれば鑑賞後にお読みください。

 

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映画は薄暗いカプセルホテルのシーンから始まる。突然けたたましくなる目覚まし時計の音。男の声で「おい」と声がかかるが、一向に止む気配はない。カプセルのひとつからスーツ姿の男が出てきて、音の出どころを見つけると、それでも寝ている男に目覚まし時計を投げつける。そのまま立ち去ろうとすると、またもや目覚まし時計の音が鳴り始める。スーツの男は踵を返し、相手の顔に目覚まし時計を何度も叩き付ける。

スーツの男のほうが、主人公の刑事・今村(生津徹)である。彼の暴力性、社会不適格性を表現したツカミなのだが、それ以上にこのシーンだけが出番の目覚まし時計の男のほうが怖い。カプセルホテルでベルを叩くタイプの目覚まし時計をセットしているのも、その音に全く気付かず寝続けているのも、知らないヤツにキレられていながらまたもや鳴らし始めるのも、どれをとっても常識の範疇では理解できない。今村からしたら、バカにされているのかとイラつくのも、暴力を振るうのはともかく、気持ちは理解できなくもない。この冒頭シーンだけで、映画は不穏さで覆い尽くされる。

警視庁の刑事だがやらかして謹慎中だった今村は、名誉挽回のために静岡県の地方都市で見つかった奇妙な変死体の捜査に加わることになる(カルト集団の事件が起きているために人手が足りず、警視庁からは応援2人だけとエクスキューズが入る。こういう設定上の配慮は良い)。今村は直属の上司にもタメ口だし、ともに捜査をする静岡県警の刑事に対してはすぐに殴りかかる。まあ、静岡県警のほうも最初から喧嘩腰なんだけど。ともかく、この今村の暴力性が、映画を覆う不穏な雰囲気の半分を担っている。

不穏な雰囲気のもう半分は、主な舞台となる精神病院の内部である。和室だったり洋室だったりと妙に部屋が多いのでやけに広く感じるのはいいとして、医者や入所者など合わせて"計9人"の人物たちが、そろって気味が悪い。朝食で集まる奇妙な患者たちが奇妙な会話を繰り広げるのは、まあ解る。だが、看護婦(と呼ばれていた)の老婆・かなえさん(漢字表記は不明)の、絵に描いたような不気味さは何だ。今村は夜中に精神病院に忍び込むのだが、廊下で看護婦の老婆に見つからないように必死に身を隠すところは、病院の雰囲気と相まってホラーゲームのようでもある。

今村は、夕子(真崎かれん)という少女の患者と出会い、建物内にある秘密の通路を教えてもらう。不眠症の今村は、夕子と取引して睡眠薬を貰うようになる。そのうち、恋愛感情なのか何なのか、今村は何度も夕子の元に訪れるようになり、ついには夕子を外に連れ出したりと、彼なりに真摯に向き合うようになる。

殺人事件については、第二、第三の死体が発見されるものの、それ自体の謎はきちんと明かされない。ボクは、あの男なりの「救い」だと受け取ったが、実のところは、よく解らない。それより、この映画には「観客騙し」のような大きな仕掛けがある。舞台が精神病院なので、ありがちなベタなやつではあるが。好ましいのは、この仕掛けをメインにして観客を驚かせようとする意図が希薄なところである

あとから伏線と解るのだが、病院内では何度か妙なシーンがある。もっと具体的に言うと、それまでいた人がいなくなって、別の人が急に現れるシーンである。これが伏線のための伏線ではなく、あくまで映画を盛り上げる雰囲気づくりの演出として機能している。それまでずっと映画全体が奇妙な不穏さで包まれているため、このくらいのおかしなことは起きても当然か、という気持ちにすらなっているし。

最後には、今村が夕子を連れ出して病院を抜け出して町を離れようとする。ここに関してはおそらく、すでに今村は実在しておらず、夕子にだけ見えているのだと思われる。これももちろん叙述トリックのような謎解きが主眼ではなく、今村と夕子の双方が互いに「救い」を与えたがゆえの展開だと、ボクは解釈してみたのだが。後味は本当に悪いんだけど(R15+になった本当の理由は、ここではないか)。

付け加えて、ひとつ。今村の上司役だった柳憂怜の存在感たるや、刮目である。そういえば『ディアー・ディア―』とかも良かったし、北野武映画での経験値は伊達ではない。

 

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