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【邦画】『パーフェクトワールド 君といる奇跡』ネタバレ感想レビュー--相手を過剰に思いやることから発生する、薄皮一枚で包んだグロテスク

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監督:柴山健次/脚本:鹿目けい子/原作:有賀リエ
配給:松竹=LDH PICTURES/公開:2018年10月5日/上映時間:102分
出演:岩田剛典、杉咲花、須賀健太、芦名星、マギー、大政絢、伊藤かずえ、小市慢太郎、財前直見

 

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66点
意外なことに、一級建築士や建築事務所の描写が、それほど間違っていない。邦画に出てくる建築士って、悠々自適に遊び惚けているみたいな人が多いから。なぜか在宅ワーク率も高いし。本作の場合、たとえば一級建築士の受験資格を取れる期間(大学で建築学科ストレート卒業→建築事務所で実務2年)と年齢の整合性が取れているなど、最低限の配慮がされている。25歳か26歳で一級建築士を持っているって、職場の全面バックアップがあったとしても、かなり優秀な人材だが。まあ、高校生で「建築の多様性と都市」なんて題名の本を読んでいる時点で、相当な変人ではある。

もちろん首をかしげる点が無いわけではない。あの規模のデザイン系の事務所だったら、パースを描ける人がひとりしかいないのはおかしい。社長が社員の誰かに「今日だけ、残業してくれ」と頼めばいいだけだ。コンペ締切前日までパースを描いていないというスケジュール管理の甘さは、ありえなくはないが、イレギュラーな事態のせいで間に合わなくなるのは自業自得だろう。ただこれらは、物語を進めるための嘘であるので、目くじらを立てるようなことではない。

※ ついでに言うと、一級建築士の合格通知に写真は張り付いていないです。ただ、あの通知ハガキのデザイン自体は本物に似ていて、受験番号も本物っぽかった。エンドロールに日本建築士連合会の名前があったので、それなりの指導があったと思われる。

一番の違和感は、建築事務所勤務の青年・鮎川樹(岩田剛典)が住むマンションが異様にゴージャスなところである。確実に、給与と見合っていない。これに関しては、車イス生活だから家賃の高いマンションでないと不便だという意味なのかもしれないし、画面上のメリハリを求めただけかもしれない。現実には、高齢化もあって車イスに配慮した設計を定める法律ができているため、最近の建物であれば、最低限の暮らしはできるわけだが。

パーフェクトワールド コミック 1-7巻セット

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この映画、車イス生活を日常の一部として取り上げようとする気概が感じられる。そのため、車イス生活の大変さを啓蒙するかのような、「車イスあるある」みたいなことを行っていない。「段差があって進めない」という描写すらないのだ。一方で、脊髄を損傷しているので高熱でも気づかないなど、あまり知られていない側面は積極的に取り上げられている。車イスに縁遠いと、段差がどうこうといった想像の範囲内のことよりも、靴を履くなどの日常的な描写のほうが生々しく、衝撃が大きい。

昨年公開の『パーフェクト・レボリューション』(どっちもパーフェクトで紛らわしいが)と比べると、違いがよく解る。あの映画は、時おりコメディまたはホラーといった映画的な方法論を取り入れて、車イス生活が常に危険で苦労があることを訴えかけてきた。車イスに乗っているだけで感動して現金を渡してくるオバサンとか、嘘みたいだからこそのリアリティがあった。どちらが正しいというわけではなく、どちらも必要であろう。

『パーフェクトワールド』には、車イス生活者を差別するような純然たる悪人が登場しない。それぞれが正しいと信じる価値観による言動が、結果として車イス生活者への制限を強いる。その最たる者が、車イス生活者本人である鮎川で、他人の気持ちを勝手に推し量り、周囲に迷惑をかけまいと自らにいくつもの制限をかける。その中で建築の仕事だけは続けようという意志を美談のように語るが、ある意味で車イス生活への偏見が最も強いのが彼である。

周囲もまた、基本的には当事者である鮎川の意思を尊重するという形で離れていくのである。誰かしらへの過剰な思いやりが積み重なるがゆえ、不幸の道へと進んでいく。もはや車イスとか関係なく、日常における人間関係の危うさを描いた話であろう。車イスを、別の何か(病気だったり、見た目だったり、出自だったり)に置き換えても成立可能である。つまり、もしもあなたが車イス生活者ではないとしても、ここで描かれる薄皮一枚で包んだグロテスクなものは、常に現在の日常と隣り合わせである。

この不幸の連鎖を打ち破る結論が、「人は助け合って生きていく」という、陳腐なうえに理想論でしかないのだが、とにかく手始めに人の心を動かすには、これでもいい。その先に待っているであろう途轍もない苦労は、劇中の人物たちも想定済みであろう。理想論ゆえに薄皮一枚のグロテスクさは維持されたままだが、それとも上手に付き合っていくことも、日常を生きる上では必要であるのだし。

 

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