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【邦画】『響 -HIBIKI-』ネタバレ感想レビュー--平手友梨奈が凡人たちに暴力を伴ったうえで救済の言葉を与える女神となる

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監督:月川翔/脚本:西田征史/原作:柳本光晴
配給:東宝/公開:2018年9月14日/上映時間:105分
出演:平手友梨奈、北川景子、アヤカ・ウィルソン、高嶋政伸、柳楽優弥、北村有起哉、野間口徹、小松和重、黒田大輔、板垣瑞生、吉田栄作、小栗旬

 

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66点
文学の話でも、小説の話でもない。本作において、小説なるものは、天才少女を天才だと言わしめるためのツールに過ぎない。なぜ彼女は小説を書くか。なぜ彼女の小説が人の心に響き、評価されるのか。答えはおろか、そもそも問いかけることさえしていない。別に小説でなくても、音楽だろうが絵画だろうが、何だって置き換え可能だ。その程度の役割である。

多少なりとも今の文壇というか出版業界に詳しい人ならば、あまりにもメチャクチャな設定に引っかかって仕方ないだろう。文芸誌の公募新人賞がウェブ応募のみ、というところから始まって、細部を気にし始めたらキリがない。間違いなく村上春樹を意識した人物(新刊発売がワイドショーで取り上げられる小説家なんて日本にひとりしかいない)が新人賞の審査委員をやっていたり、とか。

※ 北川景子の机の奥のほうに『1Q84』が置いてあったので、この世界には村上春樹も別に存在しているわけだけど、それはともかく。

細かいところはいいとして、現実との折り合いをつけなくてはいけないのは、作品内における芥川賞の扱いである。どうやらこの世界では、芥川賞さえ受賞すれば社会から認められて、圧倒的な権威がつき、将来は安泰になるらしい。なので、主人公を除く作家の誰しもが、承認されたいがために、芥川賞を目指している。実のところ、文藝春秋社の社内的なお祭りでしかない芥川賞に、そんな力は無いのだが、ここはそういうものだと割り切るしかない。

※ 別にこれ、架空の賞にしても問題ないし、むしろそのほうが納得できるものになったと思うのだが。ただ、世間的には芥川賞って「とにかく一番すごくてえらい賞」という程度の認識なのかもしれず、それなら作中での扱いも解る。もしもあなたが、又吉直樹より後に芥川賞を受賞した作家の名前を一人でも挙げられるのなら、日本人の中ではマイノリティに属するはずだ。

というわけで本題に入る。これは圧倒的な天才が中心にいて、周りの凡人たちがその才能なりなんなりと接触することで、少しだけ変化するという話である。構図としては『ちはやふる』に少し似ている。天才少女の響(平手友梨奈)が、立ち代わり目の前に現れる「凡人」に、暴力を伴ったうえで救済をもたらす。この論理的に導かれた暴力が、単純にスカッとして心地よい。もちろんこれはフィクションだからこその快楽なので、だとすれば芥川賞の扱いが現実とかけ離れていることも受け止めなくてはフェアではない。

響の暴力は、彼女なりの論理から導き出された当然の帰結である。だからこそやっちまえと思えるのだが、そのすぐあとに気づくのである。天才ではない大多数の人間は、響ではなく、暴力を受ける相手のほうにシンパシーを抱くべきではないか、と。響が彼らに投げかける最後の一言が、いちいちもっともである。そのため、自身の中にある加害者と被害者の立場が瞬時に入れ替わり、それが何度も繰り返される

最後の最後、何度も芥川賞の候補になりながら落選し続ける山本(小栗旬)との対峙は、今までとは違う。暴力も振るわないし、投げかける言葉も直接的に前向きで、希望を与えてくれる。しかもその根底にあるのは、他者との繋がりによってもたらされる希望である。この救済の女神からの普遍的なメッセージは、全ての人の心に響くであろう。

 

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