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【邦画/アニメ】『ペンギン・ハイウェイ』ネタバレ感想レビュー--新たなるアニメーションの力、それは「静止画」

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監督:石田祐康/脚本:上田誠/原作:森見登美彦
配給:東宝映像事業部/公開:2018年8月17日/上映時間:118分/アニメーション制作:スタジオコロリド
出演:北香那、蒼井優、釘宮理恵、潘めぐみ、福井美樹、能登麻美子、久野美咲、西島秀俊、竹中直人

 

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71点
アニメーションの力を感じた。もちろん、コーラの缶がペンギンに変化するなど、現実にはあり得ない事象を違和感なく日常の中に溶け込ませるには、アニメが最適な表現方法であることは既に知られている。本作『ペンギン・ハイウェイ』は、そんなシュールレアリスムのような光景の構築を、一番の魅力として押し出している。が、ボクが本作から感じたアニメの力とは、それとは別である。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

  • 作者: 森見登美彦,くまおり純
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/11/22
  • メディア: 文庫
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先に答えを言ってしまえば、静止画の力である。特に動いていない人間が出てくると、強くアニメの力を感じた。現実世界において、生きている人間が0.1ミリ単位で一切動いていないことなんてあり得ない。なので、実写映画のワンシーンに人間の静止画を合成すれば、それがどんなに精巧であっても、すぐに観客は気づくであろう。我々人間は、呼吸をせず血液が体内に流れていない存在は人間とは別の何かだと瞬時に見分けられるのだ。

だが、アニメという表現においては、全く動かない人間を違和感なく登場させることができる。というか、制作における作業の手間を減らすためにも、アニメの中で静止画の状態となっている人間は、昔からアニメの中で当たり前に存在している(むしろ昔の作品ほど多い)。どうしてもアニメは「画が動くこと」に価値を置きがちであり、静止画にはあまり意識が行かない。だが本作『ペンギン・ハイウェイ』は、そんな動かない人間を強く意識させられた。

簡単なあらすじ。主人公はアオヤマ君という小学校4年生の男の子。このくらいの年齢の男児にありがちな、知識量だけで周囲と比較して自分は頭がいいと信じていて、小難しい単語を並べた大人ぶった言葉遣いで相手を煙に巻くことで悦に入っているような、生意気なガキである。まるで、何の説明もせずいきなりシュールレアリスムとか何となく難しそうなカタカナを文中に出してカッコつけてくる映画ブログの書き手のようなものだ。

アオヤマ君は、歯科医院のお姉さんのことが気になっている。ここでの「気になっている」とは、なぜか魅力を感じている未知の存在を論理的に解明したい、ということであり、いわゆる恋愛対象とかではない、とアオヤマ君は信じている。論理的な解明の糸口として、常にお姉さんの大きなおっぱいに注目している。そのため、「おっぱいのことを考えると、心が大変平和になる」というところまでは研究が進んでいる。

アオヤマ君の部屋は、市松模様のカーペットなど、直線的な家具や小物で構成されている。対して、お姉さんの務める歯科医院は、外観も内装も曲線を住したデザインだ。同様に、アオヤマ君の顔や体つきは直線的だが、お姉さんは曲線的であり、やはり対比となっている。アオヤマ君の直線的なイメージは、論理的でさえあれば自分は負けていないというややこしい気質を表している。「助けてください」という一言すらためらうほどだ。

そして、アオヤマ君は顔は、かなり表情に乏しい。感情が顔に出る瞬間は、何か大きな出来事が起こるポイントに限られている。もちろん喋れば口は動くが、目鼻やキリっとした眉毛は静止画のままであることが多い

アニメの常として、口以外を動かさないのは当たり前の手法で、本作でも別にアオヤマ君以外もその手法が取られている。ただ、アオヤマ君に関しては、顔が動かないことによって彼の気質を表しているのである

ガキ大将のスズキ君や、共同研究をするハマモトさんは、顔の表情を変化させることによって心情を表していることが多い。だが彼らの物言わぬ表情だけでは、アオヤマ君には何も伝わっていない。彼は言語による論理的な説明でないと他人の感情を理解できないのだから。そういう意味で、アオヤマ君はクラスメイトの中でも、最も子供であるとも言えるのである

そして、アオヤマ君と常に一緒に行動しているメガネのウチダ君である。ウチダ君、とにかく動く動く。やたら転ぶし、やたら慌てるし。顔の表情だって常に動いていて、なかなか忙しい。そんな彼がそばにいるもんだから、さらにアオヤマ君の静止画ぶりが際立つのである。なお、ウチダ君はアオヤマ君に憧れて一緒にいるようではあるが、知識量や論理的思考を別にすれば、アオヤマ君より成長している存在である。他人の片思い事情は常に把握しているし、自分のために他人のおっぱいを利用するのは「良くないと思う」というところまでは感覚的に理解が到達している。実はウチダ君、「プロジェクト・アマゾン」を含めて、けっこうアオヤマ君に対して手助けをしているのだ。

そんなわけで、論理的思考の外側に触れることで少年の成長の糸口とするというのが話の大まかな流れだが、そこにアオヤマ君の顔の静止画ぶりが見事に演出として効いているのである。これがアニメの力だ。ちなみに、アオヤマ君が最も顔を変形させて表情を出したのは、「海」の一部がウチダ君の方向に飛んでいった瞬間であった。この時は通常とは逆にウチダ君のほうに表情が無く、見ていたアオヤマ君とハマモトさんは驚愕の表情のまま静止画になっていた。これもまた静止画の力を最大限に用いた手法であろう。

 

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